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(20.4.28)高学歴ワーキングプア

 おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
 「pianotokurarinetto.mid」をダウンロード


 最近読んだ本の中で大変印象深かったのが「高学歴ワーキングプア 水月昭道著 光文社新書」という本だ。
これによると最近の大学院卒業生の多くが定職につけず、フリーターとして悶々としているのだという。
30歳をかなり過ぎても非常勤講師をしたり、コンビニでバイトをしながら、月15万円程度の稼ぎで生活している人が多いのだという。

 現在の大学院生27万人にもおよび、20年前の7万人から約4倍に膨れ上がっている。
これは文部省の大学院重点化政策により、あらゆる大学で大学院の新設拡充を進めた結果、このような結果になったのだそうだ。

 ただし、大学院卒業生の主な就職先である大学等の定員はそれほど増えていないため、あふれた大学院生がフリーターとして生活せざる得なくなり、すでに12000名もの卒業者が定職に就けないのだそうだ。
多くの人が非常勤講師になっているが、これは大学のパート労働者と思えばよい。またパートで塾の教師をしている人も多い。

 これでは最も多くの時間を学業に費やした人が、その能力を発揮できず遊んでいるようなものだ。

 考え込んでしまった。私が大学を卒業したのはすでに40年ほど前だが、その頃は大学院に進む人は文化系ではまれで、大学院卒業者はほとんどが大学に就職するものと思っていた。
需要と供給があっていたし、就職に悩むことはなかった

 私も当時大学に残り研究者の道を目指すこともできたが、そおしなかったのには訳がある。
信じられないかも知れないが、私の大学での成績はほとんどが優で、成績抜群だった。したがって大学院に進むことは簡単だったが、あるとき研究室で先生方の給与表を見てしまってその希望を捨てた。

 正確な記憶ではないが、その当時教授の給与が16万円ぐらい、助教授12万円ぐらい、助手7万円ぐらいだった。
私が尊敬して止まない先生方のこの給与の低さに愕然とした。もっと圧倒的に多いと思っていたのである。

 最も当時の大学初任給3万を少し越したくらいだったから、現在価値に換算しなおすとかなり高くなるのだが、それでも教授の給与が16万だったのには驚いた。
なぜならそれはさして大きくもない企業のサラリーマンだった私の父親の給与とほぼ同じだったからだ。
こりゃ、大学に残るのは考えもんだ

 私はその後ある金融機関に就職したが、研究者の道も今思うと面白かったはずだ。そおしなかったのは給与が低かったからで、就職に困ると思ったからではない。
大学にはある見えないネットワークがあり、確実にどこかの大学に収まるものと思っていたからである。

 しかし、今日では就職先がないという。より正確には新設された大学院の卒業生には就職先がほとんどないのだという。
これは高学歴社会に入るための一時的なミスマッチか、それとも本質的な問題なのか、今私には判断できない。
この問題については、また考えてみる必要がありそうだ。

 

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