(20.1.27) 詩を作ってみた
「おゆみ野四季の道」のテーマソング。以下のファイルをダウンロードすると曲が始まります。
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詩を作ってみた。記憶を遡ってみると、私が以前に詩を作ったのは学生時代だったから40年ぶりの詩作となる。
詩を作ることも読むこともなかったものが、急に詩作をしようとしたのは、「アース」という映画を観たからである。
「アース」はNHKが放送した「プラネットアース」のいわばダイジェスト版のようなもので、「プラネットアース」の中で特に印象深い映像を、再編集して映画化したものだ。
私は「プラネットアース」の大ファンだから、「アース」に出てくる映像はすべて何回も見ているのだが、映画館で見ると音響効果がまったく違っていたのにはびっくりした。
動物の息づかいの生々しさが実に効果的で、人は音響効果でこんなにも違った印象を得るものかとあらためて驚いた。
詩作をしようとしたのは、前におゆみ野WALKERSのブログを見ていたら、「映画アースを見に行こう」と言う記事が掲載され、その中に茨木のり子さんの「鶴」という詩が紹介されていたからである。
アネハズルがヒマラヤ山脈を越えてインドとモンゴル高原の間を季節ごとに移動する様を歌った詩である。プラネットアースの一場面のあのヒマラヤを越える鶴だ。
この詩に触発され、「アース」のなかで最も印象的な白熊の死について詩作をしてみることにした。
地球温暖化の影響で年々北極海の氷が薄くなり、白熊が狩ができなくなって死滅に瀕しているあの映像である。
最も詩を作るのは「神からの啓示」が必要だとある人から教わったが、とても啓示を期待するのは無理そうだったので、かなり散文的な詩になったのは止む終えない。
静かな死 白きカムイ
静かな死が極北の大地におとづれている
かつて極北の王者といわれ 沈まぬ太陽のように 決して死ぬことがないとおもわれていたあの白熊に
何がおこったのだろうか なぜ白熊はやせ衰え 極北の大地に動くことなく たちどまっているのだろうか
そしてなぜその目はうつろなのだろうか
かつてこの湾は一面の氷で覆われ、氷の厚さが白熊の身体を支えられるようになると 遠き旅立ちをしたものだ
白熊のオットセイ狩の始まりだった
今この湾は青き海原になり、氷のかけらもなく、飢えた白熊はシャケの皮やオットセイの骨をなめているだけだ
あのどこまでもどこまでも続いていた氷の氷原が消えてから、数ヶ月がたった
白熊は何も食べるものがなく、青き海原に向かって問いかける
われらの氷はなぜ消えてしまったのか
ふたたび氷の海に戻ることはないのだろうかと
静かに しかし確実に白熊に死が訪れている
あるものは果敢にセイウチに襲い掛かり、セイウチの牙で逆襲を受け、あるものは青き海原に泳ぎだしておぼれ あるものはただ海岸にたたずみ餓死している
この累々とした白熊の屍を見てほしい
今はただ海鳥に体中をついばまれ、毛皮だけが純白の影を海岸にのこしている
この地平線まで続く白い帯は地球の鎮魂歌のようだ
いつのころからか 静かに、しかし確実に極北から白熊が消えた
人々はかつてここに、白きカムイがいたと古老から聞くだけだ
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