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(19.10.2)甲州夢街道シルクロード215km 結果報告 その1

 いやはや大変なレースだった。この大会は参加人員は約200名、完走率は例年6割と言われている(追加  速報によると今年度の出走者は207名、完走者109名、完走率52.6%になっている)。私は36時間の制限時間のところ、約2時間余して約34時間で完走したのだから、おおいに誇っていいのだが内実は大変だった。

 実はこのブログを書いている今日(1日)、身体がまったく動かないのだ。階段は四足で上り下りしているし、部屋の中を歩くときも、オラウータン歩きで、1m歩くのにも決心がいる。

 足に少しでも力を入れると、目の玉が飛び出るほどの筋肉痛がでる。
仕方がないので寝ていることにしたのだが、ブログを書かねばならないし、メールの返事も書かなければならない。
意を決してパソコンの前に座ったのだが、何かエネルギーがすべてなくなっているみたいだ

 私はこの大会のために、50km走を都合3回おこなってきた。しかしこれでは十分でなかったようだ。
後半完全に失速した

 この種の競技に出る人は経験的に知っているが、練習で一度に走った距離の2倍までは競技で走れる。
 その意味で215KMを走るためには、本当は100Km走が必要でそれを2本程度は走っておきたかった。ただ自分の意志だけで100Km走るのは不可能だから、100Kmの競技に練習と位置づけて参加するのである。
この方法はとても有効なのだが欠点もあって、215KM走るために100Km走に二回程度でなくてはならない等、やたらと競技の参加が増えてしまう。
まあ、50km走を3本走ったので、これで大丈夫だろう」甘く考えた。

 今回は大垂水峠を越えた約160km地点で走力がゼロになってしまった。実際まともに走っていたのは100Kmくらいまでで、練習量の2倍地点である。その後はだましだまし走っていたが、速度はどんどん低下していき、歩きよりは早いと言う程度だった。

足がまったく動かん。まだ50kmあるのに走力ゼロだ
このような時は歩きで繋ぐのだが、いくらはやく歩いても時速5kmが限界で高尾から日本橋までの50kmを10時間あまり歩き続けなければなければならない。

 その時点で残り時間は11時間あったので時間的に余裕はあったのだが、実際やってみると時速5kmどころか4kmもでないことがわかった。
まずい、これだと制限時間をオーバーしてしまう

 しかし人間と言うものは、いざとなったら色々なことを思いつくものだ。足をだますことにした
このようなときに無理して走ると足に激痛が走るのだが、我慢して5分ぐらい過ぎると、足が麻痺して痛みがなくなる。その足を意志力では走らせるのだ。激痛の情報を遮断してしまえばいい。

 この方法で走ったり歩いたりしながらどうにか日本橋に着いた。高尾から9時間かかったことになる。最後の20kmはさすがに歩くことしかしなかったが、足は完全にパンクしており、ゴールに着いたとたんにだましが効かなくなった。
足からの激痛信号を無視して走らせたので、足が死んでしまったみたいだ

 日本橋から京葉線のコンコースまでは、まだ余熱があってどうにか歩けたが、そこで気力と体力が萎えた。
コンコースに約2期間程度倒れこんで寝てしまった。ここは家のない人の溜まり場なのだが、私は家があっても帰る体力がないのだ。外から見たら完全な浮浪者だ。
もう一歩も動けん。死んでも動けん
 前後不覚になって寝ていたので、こんなとき財布を抜き取られても分からなかっただろう。

 2時間寝て、傘をステッキがわりにしてかろうじて家まで帰ったが、このことをかみさんに話すと
馬鹿なことを、いい年になってする。考えた方がいいよ」と一笑に付された。


今回の写真を掲載します。ただし初日の80km付近までの写真しかありません。その後は夜になったのと、翌日は大雨で写真を撮れなかったせいです。

http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19

 

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