« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

(19.9.30)ブログは実に面白い

 私がこのブログを立ち上げたのは昨年の11月であり、本格的に更新を始めたたのが今年の1月からである。したがってブログ経験としてはほぼ9ヶ月なのだが、その間毎日更新をしているうちにブログというものの本質が分かってきた。

 実際やってみるとこんなに面白い作業はなく、一人で作者編集者を兼ねているようなもので、最近はさらにジャンルも写真作詞にまで広がって総合芸術みたいになってきた。
しかもこおしたことを、一人で何でもできるというのがブログの本質で、大げさに言えばレオナルド・ダ・ビンチになったような感覚だ。
これはルネッサンスと同じではなかろうか。表現芸術のルネッサンスだ」興奮してしまった。
 
 しかもこうした作業環境はまったくタダなのだから、一昔前の人がこの状況を見たら腰を抜かしてしまいそうだ。
すべてがタダになっていくのがブログの世界だ」再び興奮してしまった。

 ブログ経験から言うと、ブログを立ち上げるのはそれほど難しいものではない。誰でも立ち上げることだけならすぐにできる。難しいのは継続することで、そのためにクリアーしなければならない課題がある。

 ブログを立ち上げるときは、コンテンツの課題と技術的な課題がある。

 コンテンツは本人が世に問いたいことの内容だから、それがなければそもそもブログを立ち上げることすらできない。ただなんとなく日記を書いていると三日坊主に終わってしまう。
だから最重要事項ではあるが、あくまで個人の資質等にかかわる問題なので、ここではこれ以上論じない。

 一方、技術的な課題は、非常に初歩的だが、実に重要な課題で、これは経験者に聞くのが一番だ。

 どのブログが最もユーザのためにすぐれているかとか、あるいはそのブログの弱点だとか、写真の掲載の仕方はバリエーションがあるとか、音声の発信の仕方とか、リンクをどうはるのが一番よいか等である。

 慣れている人にとってはなんでもないことだが、これらのことは初歩の人にとって判断をするのが難しく、そのための技術的サポートはやはり必要だと思う。

 いつかそおした内容について分かりやすい記事を書いてみたいのだが、いざ書くとなると時間がかかりそうだ。
それまでは、このブログ上に時々記事を書いて、ブログを立ち上げたいと思っている人の参考になったらそれで十分だと言うことにしよう。

| | コメント (0)

(19.9.29)携帯電話

 私は携帯電話をもってない。最近では携帯電話を持っていない人はほとんどいないらしく、「携帯の番号を教えてください」と言われて、「持ってない」と答えると非常に意外な顔をされる。

 我が家でもかみさんも、娘も息子も携帯を持っているが、私は頑としてもたないことにしていた。
理由は簡単で、私は普段でも電話をかけることをほとんどしない。かける相手がすくないこともあるが、連絡はメールで足りているし、この方が時間に制約されないだけ楽だ。
パパさんは頑固で携帯を持ってないから、マラソンで自動車事故にあっても連絡が取れない」かみさんからよく言われたものである。

 それに私の友達はみんな知っているが、私はしゃべることが苦手で、特に女性の前でしゃべらなければならないときなどは、非常に緊張してぎこちなくなってしまう。
一方書くことについては、よどみなく短時間でできるので、そおした意味からも電話も、ましてや携帯電話の必要性もなかった。

 実は北杜夫とおなじで、彼が「私はドクトルマンボウ航海記のような面白い本を書いているので、一般の読者は話も面白いと思っているらしいが、実はまったく反対なのだ」と言っていたが、それにそっくりだ。

 ところが最近このブログの読者の人から「携帯で見たいのですが」という要望を受けてしまった。確かに電車などの乗っていると、ほとんどの人が携帯電話を覗いているので、かなりの人が携帯でブログを見ているのではないかと思われる。

 私のブログは基本的にはパソコン画面を想定しており、また写真などはパソコンでしか見られない大きさになっている。
だが、これからは携帯で見たい人が増えていくことは大いに予測されるし、携帯の強みはどこにいても見られることだから、かたくなに「携帯には対応しない」なんて言わない方がよさそうだ。

 ただブログで携帯に対応するとなると、どうしてもテスト環境が必要になる。自分でも確認しなければ携帯からどのように出力されているのか分からない。
こおして、万已む無く私も遅ればせながら携帯電話を持つことにした。

| | コメント (0)

(19.9.28)朗読会 終わる

 朗読会がやっと終わった。例の乙川優三郎磯笛の朗読会である。
聴衆は15人前後のこじんまりとした朗読会であるが、トレーナーのYさんから「決して手抜きをするな」と厳しく言われていたため、相当緊張してしまった。

 しかし朗読会の結果は意外と好評だった。アンケートはどちらかと言うと好意的に書いてくれるものだが、それにしてもよい評価に安堵した。

情景が鮮明に浮かび、しかもとっても聞きやすかった
主人公の語り、特に方言については良く研究してあった
語り手が熱心に読んでくれているのが分かった」等等

 自分としては途中で読み間違ったり、最後は主人公に同情して泣き声になったりして、とちったかなという気持ちがあったのだが、聞き手は心のやさしい人が多く、そおした小さなミスは見逃してくれたらしい。

 確かに2ヶ月間にわたってYさんから鬼のようなトレーニングを受けたのだから、そこそこの結果がでなければYさんも立つ瀬がないだろう。
鬼軍曹のしごきで一人前になった新兵のようなものだ。
軍曹殿、訓練、ありがとうございます

 この朗読会の参加者はほとんどが年配者なのだが、若く妙齢な女性が二人いたのにはびっくりした。良く見たら私のブログの読者で、ありがたいことにブログをみて参加してくれたらしい。
とてもよかったわよ」とやさしく言ってくれた。

 これで朗読も終わった。確かにYさんの言うとおり、「得るところの多かった」2ヶ月だったと言える。
この間、話し方と言うものを初めて真剣に勉強してしまった。
もっと早くからトレーニングしていたらNHKのアナウンサーになれたかもしれないと思うと残念でならない。

 しかし調子に乗るのはよそう。調子に乗りすぎると、またYさんから白羽の矢を射られてしまいそうだ。

朗読会に関係する記事は、このブログの「朗読」に時系列で入っております。

朗読会の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19927

| | コメント (3)

(19.9.27)おゆみ野自転車共生会議 Nさん奮闘記 その2

 Nさんの奮闘が続いている。四季の道やその周辺から「盗難・放置自転車」を一掃して住みよい街づくりをしようと懸命だ。
8月24日に、四季の道に放置されていた自転車38台を「拾得物」として千葉南警察署に持ち込み、盗難・放置自転車一掃したことはすでにブログで取り上げた。

 その後の措置については千葉市千葉南警察署、そしてNさんが所属する「おゆみ野自転車共生会議」との間で協議を持って、決めることになっていた。
協議は9月2日におこなわれ、千葉市の緑土木事務所が積極的に回収してくれることを約束してくれたという。

 その後の経緯を見てみると、緑土木事務所が約束を守って積極的に対応してくれているが、制度の制約警告書を張ってから1週間は自転車を動かせない)もあり、乗り回し自転車の弊害は相変わらずだ。
私が知っている限りでも常時5~10台近くの自転車が四季の道に放置されている。

 このためNさんが所属するおゆみ野自転車共生会議ではより効果的な方法を検討した。

 Nさんアイデアマンである。前回は盗難・放置自転車を「拾得物」として届けることを考案したが、今回はおゆみ野自転車共生会議として『盗難・放置自転車を発見しだい、すぐに警察に通報する仕組み』を考えている

 実は、自転車は見ただけではそれが「盗難自転車」か「放置自転車」かの区別はつかない。「盗難自転車」か否かは警察で「自転車登録」の検索をし、盗難届けの有無を確認してからはじめて、区分がつく。検索は警察しかできない。
その結果「盗難自転車」は警察の管轄になり、「放置自転車」は市の管轄になる。

 従来は「盗難・放置自転車」を見かけると、市の緑土木事務所に第一報をあげるようにしていたが、それを警察にあげる仕組みに変えようと言うものだ。警察ですぐに「自転車登録」の検索をしてもらうことで、すばやく盗難自転車を所有者に返せるのではないかと考えたのである

 実際、南警察署の地域課は「放置・盗難自転車を見かけたら警察にすぐに通報してほしい」と言っており、共生会議のメンバーが実際に通報したところすばやく対応してくれたという。
この結果を受けおゆみ野自転車共生会議としては、アンケート調査を行い、また第一報を警察に通知させるための看板の設置を検討している。
 なお、南警察署管内の盗難自転車の届出件数はうなぎのぼりに増えているようだ。18年度201台だったものが、19年度は7月までで、354台になっている。やはり盗難自転車をほっておくわけには行かない状況なのだ。

 緑土木事務所千葉南警察署、それにおゆみ野自転車共生会議が真剣になってこの問題に取り組んでおり、近い将来よい結果が生まれることが期待できる状況になってきた。

 そしてこうした会議をコーディネイトしてくれたのは市民ネット福谷議員であり、政治と行政と市民のよいネットワークが今生まれようとしている。
 

 なお、本件と関連のある記事は以下の通りです。
 おゆみ野自転車共生会議 Nさん奮闘記

| | コメント (0)

(19.9.26)ピアノ

 信じられないことに我が家にはピアノがある。ただし我が家のピアノではない。かみさんがコーラスグループに入っており、そこの先生が家庭の事情でピアノを置けなくなったため、しばらく我が家にピアノを置いておいてほしいと頼まれたのだ。
そのかわり自由にピアノを使用してよいことになった。

 しかし残念なことに我が家ではピアノを弾ける人はいない。娘は小学生のころからエレクトーンを習っていたので弾けるのではないかと思ったが「鍵盤の長さや、硬さが違っており、相当努力しないと弾けないのだ」と言って、今のところ見向きもしない。
 息子が先日帰ってきてピアノがあるのを見て「ねこ踏んじゃった」を弾き始めたが、昔遊びで覚えただけでこれしか弾けないのだそうだ。

 かみさんは「ピアノを持つのが夢だった」のだが、もっぱら置いて眺めているのがうれしいようで、絵画を眺めているような目つきでピアノを見ている。
私がピアノに触ろうとすると「手を洗って油をとってからでないとダメ」となかなか厳しい。
しかし置いておくだけではやはり役に立たないと思ったらしく
私だってそのうちに練習して弾くようになるのだ」と言って、先日ピアノ教本を2冊購入していた。

 私もせっかくだからピアノの練習をすることにして、教本を見せてもらったが、はっきり言ってなかなか難しそうだ。なにしろ両手で弾くことことになっていて、パソコンでさえ実質右手一本で打ち込んでいるのにとても両手なんて使えそうもない。

普通、ピアノの練習は先生について学ぶのが基本のようだが
山崎さん、違うでしょう、何度言ったら分かるの。頭は何のためにあるか知ってるの」なんていわれるのはいやだから、もっぱら自習することにした。

 それにこの年なのだから、今からショパンモーツアルトの曲を弾くなんて金輪際できそうにない。
右手一本だけで弾くのだから、たかが知れている。
そこで大好きな長山洋子の「じょんから女節」だけを覚えて、ピアノを弾きながら歌うレベルを目指すことにした。

 きっと宴会の席などで、弾き語りで歌ったら拍手喝さいはまちがいない。ただし「山崎さん、他の曲も弾いて」なんていわれたら事だから、にっこり笑って奥ゆかしくさっさとやめるのがコツだろう。

 最近は今まで自分とはまったく関係がないと思っていたことを、はじめている。
このブログを作成していることもそうだし、作詞朗読をするのもそうだ。ついでだからピアノもその一つに加えてしまおう。

 

| | コメント (0)

(19.9.25)試走 甲州夢街道シルクロード215Km

 いよいよ今週の土日をかけて、甲州夢街道シルクロード215Kmのレースが開催される。長野県の下諏訪から東京の日本橋まで、36時間以内に到着しなければならない。

 このレースのために50km走等を数本走ってきたが、最後の仕上げとして試走をすることにした。東京駅を出発して、中央線の高尾駅までを走ることにした。
レースと異なり逆走することになるが、朝早くから走りたかったので止む終えない措置だ。50kmは実際のレースの約4分の1であり、本当はもう少し距離を稼ぎたいのだが、練習ではこの程度が限界になる。

 うれしい事に日曜日(23日)は、曇りで午後から雨の予想だ。気温は26度で、まさに秋の気候だ。
勇んで出かけた。

 東京駅を7時半にスタートした。最近は四季の道かずさの道のような、ほぼノンストップで、しかも安全な道ばかりを走っていたので、でこぼこの歩道を走るのにしばらく慣れが必要だった。

 歩道を走ったことのない人のために説明すると、良く整備された歩道以外は、段差がきつい。人家の出入り口のところが急に低くなっており、上り下りをかなり強いられる。
また、メインストリート以外の場所の歩道の作りはかなり雑で、アスファルトが波を打っており、すり足走法だとよくつまずく。
急に狭くなるような場所もあり、注意が必要だ。

 だが、今日は本当に快だった。太陽はほとんど出ず、午後からは小雨まで降ってくれた。
それでも走っているときの汗の量は相変わらず半端ではなく、すぐに喉が乾いてしまい、2kmおきぐらいに自動販売機で飲料を飲まなければならなかった。
正確に数えたわけではないが、2kmおきに飲んでいたとすると50kmを走るのに25本は飲んだことになる。

 時間は6時間半かかったが、最初50km走を始めたときは8時間かかっていたのだから、かなり改善が見られた。
今回は最後まで疲労感なく走ることが目的だったが、正直言って最後のころはやや疲れてしまった。
50km程度で疲れるようだと先が思いやられる。

 これですべての準備は終わった。まだ走力に不安が残っているが、後はレースでテンションをあげて、一心不乱に走るしか手はなさそうだ。

試走中の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19924

| | コメント (0)

(19.9.24)男気

 Aさんはいつも早朝に四季の道でランニングをしている理髪屋さんである。
仕事の関係でランニングができるのが早朝しかない」と言っていたが、ほぼ毎日決まった時間に走っているので、私とは顔なじみだ。

 フォームがすばらしく、快調な走りをしているがレースにはでたことがないという。
レースは日曜日におこなわれるでしょう。日曜日は商売のかきいれ時だから休めないんですよ

 Aさん男の中の男である。先日四季の道の清掃活動をしていたら、ランニング中のAさんが若者を叱り飛ばしていた。
まったく常識がないんだから、ゴミを捨てていくなんてダメじゃないか。拾え
若者は二十歳前後だったが、引き返して不承不承ゴミを拾っていた。

 実は、私はこおした注意をしたことがない。注意して反対にからまれたら事だと思っているため、黙ってゴミを拾ってしまう。
しかしAさんは、ゴミやタバコのポイ捨てを絶対に許さない。
今の若者は、親から殴られた経験がない。だから世間をなめてしまって何でも平気でやる。私は許せないので、必ず注意することにしている

からまれたら困るでしょう」聞いてみた。
いや、今の若者は喧嘩をする気力もない。ぶつぶつ言うがそれだけだ
男である。

 私も少し見習うことにした。さっそく泉谷公園の池でつりをしている人を見かけた。目の前に「つり禁止」と書いてあるがまったく無視している。
ここはつりが禁止なのはご存知でしょうか。私はここの監視員を兼ねておりますので、つりを止めて頂けないでしょうか
監視員」はボランティアだと付け加えなかったが、まあ、許容範囲だ。なんとも迫力のない言い方だったが、相手は言うことを聞いてくれた。

 これからはAさんをまねて男になりたいものだが、口調が丁寧なのは性格だから直しようがない。
迫力ある男になるのは難しいものだ。

| | コメント (0)

(19.9.23)本番前のリハーサル

 乙川優三郎著、磯笛の朗読会が来週に迫った。今日(20日)は本番を想定して、本会場とマイクを使用した朗読会のリハーサルをおこなった。観衆としてはトレイナーのYさん以外に、前回の朗読を担当したAさんにも最終チェックに付き合ってもらった。

 本番ではYさん磯笛の時代背景、主人公がおこなっている漁法、聞いただけでは理解ができない漁村特有の言葉の説明を15分程度おこない、私が本文を約1時間半程度かけて朗読することになる。

 通しではじめて読んでみたが、1時間半も緊張しているのは並大抵のことではない。疲れて気を抜くとすぐに読み間違いや語句の飛ばしが発生してしまう。

 よくサッカーで90分間集中することが要求されているが、ちょうどあれと同じだとの印象を得た。
ちょっと気を抜くと失点につながり「ドーハの悲劇」になってしまう。

 朗読はボランティアであり、また聴衆もどちらかと言えば年配者が多く、時間に余裕があるから来ているという風情もある。しかしトレーナーのYさんは、だからと言って手を抜くことは許してくれない。
すべてこれ修行」という風情で、少しでも私が手を抜くと「かーつ、貴僧はいまだ悟りの境地にあらず」なんて一括されてしまう。
あの日本教の元祖といわれる明恵上人みたいだ。

 しかし朗読のトレーニングを受けて、人のために読む読み方というものをはじめて知った。またNHKの「その時歴史が動いた」を担当している松平アナウンサーの話し方を真剣に研究してしまった。
私も松平さんのような、間の取りかたや抑揚をつけたいものだ」と今は思っている。

 Yさんが最初「必ず役に立ちます」といってたことは間違いではなかった。感謝すべきだが、やはり2ヶ月間のトレーニングはかなり厳しかったと言える。
今ははやく本番が終わって肩の荷を降ろしたい気持ちでいっぱいだ。

 なお、奇特な人がいて私の朗読を聴きたいという人がいれば、9月27日(木)、午前10時~12時、ちはら台のコミュニティーセンターに来られれば、私が汗だくで朗読している姿を見ることができます。参加は実質的には自由のようです。

この朗読に関する記事は、このブログのカテゴリー「朗読」に時系列で入っております。

| | コメント (0)

(19.9.22)青年

 おゆみ野クリーンクラブの恒例の鎌取駅周辺の清掃活動に、青年が参加してくれた。
A君といい、高校3年生だ。高校の総合学習の一環として、学校の了解を得てこの清掃活動に参加したものだ。

 A君は、メンバーのF姉さんの息子さんである。F姉さんのサジェスチョンがあったとは思われるが、このようなボランティア活動に参加するとは見上げたものだ。
おかげでおゆみ野クリーンクラブは本当の意味で若返ってしまった。
このクラブを青少年クラブと称して、私など「ぼくちゃん」なんて言って相当サバを読んでいたが、これでサバを読まなくても済むようになった。

 会長の I さんは「どのようなものが落ちているかを知るだけで社会勉強になるでしょう」とさすがと思われるコメントをしていたが、私などは「若者が参加してくれてうれしい」なんて素朴に喜んでしまった。

 今日(21日)はおかげで、参加人員が7名という大人数になったが、この活動もだんだんと定着してきたみたいだ。

 しかも、大変うれしいことに鎌取駅周辺はとても美しくなった。立看や違法な張り紙がなく、ゴミの量も少なくなっている。
私達、おゆみ野クリーンクラブは金曜日の午前中が活動日だが、私達以外でもタクシー乗り場周辺はタクシー会社の人たちが清掃しているし、他に花のほまれ会の人や、学習塾関連の人たちも定期的に清掃活動をおこなっている。

 鎌取駅が美しく保たれているのは、私達住民の誇りといってよい。駅はその街の顔である。
きっとこの駅を降り立った人は「こんなに駅の周りが美しいなら、このおゆみ野に住みたいものだ」と思ってくれるのではなかろうか。

 これからもおゆみ野クリーンクラブはこの街の美化のために努力するつもりだ。メンバーも拡大しているし、私達の努力がこの街のためになっているなら、こんなにうれしいことはない。

なお、以下に清掃活動中の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19921

| | コメント (0)

(19.9.21)やせる

 信じられないことが起こっている。体重が60kgを割ってしまったのだ。この体重は私が小学校6年生のときの体重と同じで、40年たって小学生に逆戻りしてしまった。

 つい数ヶ月前までは62~63Kgだったのだから、この数ヶ月で急激に体重が低下したことになる。理由は明白で甲州夢街道シルクロード215Kmのトレーニングと称して、この暑さの中を無理して走り回ったせいである。

 特に8月末から今日(20日)まで、毎週1回は50km前後の長距離走を行い、長距離走をしないときは20km程度の中距離走をおこなったら、身体から脂肪がほとんど落ちてしまった。
体脂肪率は13前後になってしまい、鏡を見ると筋肉と皮という感じで、ランナーとしては申し分ないのだが、かみさんから言わせると
ひんそー、ひんそーして格好が悪い」のだそうだ。

 そおいえばかみさんと結婚したころは67kg程度あり、筋肉がもりあがって、小柄なシルベスター・スタローンみたいだったから、かみさんにそお言われるのは無理ない。

 私は当時から筋肉トレーニングをおこなっていたので、ボディービルダーのような身体だったのだが、今は不要な筋肉はすべて落ちてしまい、ランナーとして必要な最低限の筋肉しか残っていない。

 先日清掃活動をしていたら、時々四季の道で会う、1日20kmの散歩をしていると言うAさんから足をほめられた。
じつに、筋肉の張った立派な足をしてますね、うらやましい
足をほめられたのは初めてだが、何かとてもうれしかった。

まだまだ、足だけは若者なみだ」有頂天になりそうだ。

 実は最近老化現象になやまされている。頭ははげてしまい、耳は聞こえなくなり、老眼はすすみ、記憶力は衰えるだけ衰えた。さらに坐骨神経痛まで出ている。
こおした中で、若さを保っているのが足だけのようだが、何もないよりよっぽどマシだ。

よし、これからは足だけで生きよう」なんて妙に興奮してしまった。

 

| | コメント (0)

(19.9.20)六通神社が壊れていた

 台風9号の大風で、六通(ろくつう)神社社殿が倒れてきた松の木(訂正 イチョウの木)の下敷きになリ壊れていた。

 このことを教えてくれたのは、いつも四季の道で朝会う、Aさんである。
社殿が壊れてしまってね、緑土木事務所が対応しているみたいだが、その後はどうするのかね

 六通神社は秋の道に沿っていて、ちょうど南警察署とK'S電気の中間あたりに存在する神社で「六通むかい公園」と隣接している。
六通はおゆみ野の地に古くからある村落の一つで、泉谷公園の南側に隣接している一帯を言い、そこの守り神が六通神社にあたる。

 おゆみ野風土記によると、「六通神社の由緒は非常に古く、江戸初期にまで遡り、この地に六通新田が開発された時期に同時に建立され、当初は日枝神社といっていた」のだそうだ。

 もともとこのおゆみ野の地は千葉氏の秣場(まぐさば)であったり、近隣の村落の入会地であったようで、言ってみれば雑草と潅木が生い茂る荒地だったようだ。
そこを「江戸初期(1677年)に近隣の百姓が生実藩(おゆみはん)の許可を得て、新田開発をおこなった場所が六通で、当時の新田開発に参加した百姓は14軒だった」という。

 現在六通の古い古道を通ると、両側に大木が生い茂った立派な家並みが続いているが、それは新田開発に努力した先人の子孫に当たる人々の屋敷である。

 今回台風により、この六通神社の社殿は半壊してしまった。ちょうど正面から見ると左側の屋根が倒壊しており、そこに松(訂正 イチョウ)の大木が倒れかかったことが分かる。松(訂正 イチョウ)は樹齢3~4百年の大木で、直径は1.5mほどもあったのでひとたまりもなかったのだろう。

 今後の六通神社の再建はどうするのだろうか。昔のように村落共同体の絆が強かったときはともかく、現在のように「六通神社って何」という住民がほとんどの場合、旧の六通の住民だけで再建するのだろうか。それともこのまま放置されるのだろうか。あるいは文化財として市の助成があるのだろうか。

とても気になるところだ。

(追加)おゆみ野風土記を読んでいたら「鎌取」の地名の由来が書いてあった。
ここは千葉氏の奥方の所有する入会野で、近在の農民が草刈りをするとき、鎌一丁につき16銭徴収していたという。ところが盗み刈りをする者があとをたたず、見つけたらその者から鎌を取り上げていたので鎌取と言う地名になった」のだという。笑ってしまった。

なお、おゆみ野風土記からの引用は理解しやすいように文章を変えております。

六通神社の半壊の現状写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19919

| | コメント (1)

(19.9.19)紺屋の白袴

 「紺屋(こんや)の白袴」と言うことわざをご存知のことと思う。最近はあまり使用されなくなったことわざだが「人のことはあれこれするけれど、自分にまでは手が回らない」場合に使う。

 実は私がその「紺屋の白袴」になってしまった。四季の道の清掃や、鎌取駅前の植栽の保護、里山の間伐や剪定は実に熱心にし
まあまあ、いつもご苦労様」なんていわれて有頂天になっていたが、気がついたら我が家の庭が草ぼうぼうになり、レッドロビンは伸び放題になってしまった。

 昨年までは芝生の芝刈り、垣根のレッドロビンの剪定、家の周りの雑草の除去は定期的におこなっていたが、今年の夏はまったく手が回らない。
暑さのせいである。あまりの暑さのために四季の道の清掃をするだけでくたくたになってしまい、家の作業は手を抜けるだけ抜いた。清掃活動が終わると家で寝ていたのである。
パパさんは四季の道のことは熱心にするけど、家のことは何もしないんだから」かみさんからしかられた。

 反省をして庭仕事をはじめたのだが、庭には私が出てくるのを虎視眈々狙っているやぶ蚊がいるので、蚊取り線香と虫除けのネットはかかせない。しかし虫除けネットをかぶりながらの作業は蒸し暑いことこのうえない。
9月中旬だと言うのに、まだ夏か」うなってしまった。

 しかし、「街を美しくするために庭を飾ろう」なんてキャンペーンをした手前、我が家の芝生が伸び放題だったり、レッドロビンが選定されていなかったりしたら、顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまう。
このブログの読者の中には、我が家の場所を知っている人もいるので
山崎さんたら、ブログではかっこつけても、やはり家までは手が回りかねているのね」なんていわれてしまいそうだ。

 ようやく涼しくなり始めたので、1週間に1度は「家の日」を設けて、家周りの清掃をおこなうことにした。

 それにしても今年の夏の暑さはどうだろう。地球温暖化の影響で日本は亜熱帯の気候になってしまった。暑さだけでなく雨の降り方もスコールみたいだ。
私の身体は温帯モードにセットしてあるが、今後は亜熱帯モードに変える必要がありそうだ。できるだけ太陽光線を浴びて身体を黒くし、たっぷり汗を流して体温低下をはかる体質に改善していくことが、個人レベルの地球温暖化対策には必要だろう。

 いやはや私が生きている間に、日本が亜熱帯になるとは思いもしなかった。

 

| | コメント (0)

(19.9.18)里山整備第11回合同作業報告

 本日(16日)は台風9号が関東地方に上陸した後の始めての合同作業日だ。参加者は8名である。

 案の定折れた小枝や倒木が散乱していたが、早出してくれた力持ちのAさんUさん達が前もって、通路の数箇所に集めておいてくれた。それを全員で会長の I さんが作った倒木置き場に運んで道を整備しなおした。
よく台風の後、山小屋の関係者が登山道を補修しているが、何かそれに似てきた。これでまた小道を楽に通れるだろう。

 今回は「印旛沼わいわい会議」への参加について打ち合わせがもたれた。この会議は印旛沼の浄化を目的に組織された会議で、関係市町村が持ち回りで会議を開催している。
本年度は千葉市が主催することになり、千葉市に存在する河川浄化活動に関連している5団体・組織に参加要請が来たものだった。

 当「みやこ会」も関係5団体の一つとして参加を要請されたのだから、それなりに活動実績が認められたと言うことにはなりそうだ。
 I さんの話によると「一般にはそれほど知られてないが、市や県では認知されつつある団体」なのだそうだ。
これは I さんが市の会議やイベントに参加したり、他の環境団体との交流を深めたりしている結果かもしれない。

 しかし残念なことに「印旛沼わいわい会議」についていうと、当「みやこ会」は「都川源流の里山開発をおこなって、都川の浄化に貢献しようとしてはいる」が、印旛沼とは直接関連がない。

 打ち合わせの結果「会長の I さんがみやこ会の代表として本会議に参加。会員は自由参加。みやこ会の活動内容を事例として口頭説明する程度に留め、パネル展示など準備を要するレベルのものはしない。今後の準備会の中で、会員の協力が必要となった時は、その旨会長から要請する」ことになった。
会議は11月25日におこなわれる。

 しかし、それにしても暑い日だった。気温は32.5度で、真夏日になってしまい、池からの涼風があるものの汗びっしょりになってしまった。
私は前日の8時間走がこたえて、午前中はほぼ寝ていたのだが、午後からはこの合同作業日に無理して出て行った。
山崎さん、元気がないなあ、疲れているのですか」見透かされてしまった。

 本日は池の柵の延長や、丸太道の手すりの作成をしたが、全員お疲れモードになってしまった。はやく涼しくなって快適に作業ができるようになってほしいものだ。

今回の作業中の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19917

なお、水質調査結果については以下のファイルをダウンロードしてください。
「9.16)」をダウンロード

| | コメント (0)

(19.9.17)ちはら台走友会の8時間走

 ちはら台走友会8時間走が実施された。毎年この時期にちはら台のかずさの道でおこなわれる恒例行事だ。8時間かけてどの程度走れるかを競う競技であり、また全員の走った距離を足して、東京からどこまで走ったかが確認できる。

 通常この時期は気候がよく、さわやかの秋晴れのもと快適なランができるのだが、今年は猛暑が続いておりこの日(15日)も30度を越す真夏日になってしまった。
特に長距離ランは気温の高さと太陽は鬼門で、たちまちのうちに体力を消耗し、体温が上昇して気力が失われる。

 朝8時にスタートしたのだが、往復8Kmのコースを2~3周しただけで、体中の水分が噴出してしまった。あとは、Sさんの家の前に設置されているエイドステーションで十分な水分補給をし、体力を温存しながら何とか走り続けると言うル・マンのような耐久レースになってしまった。

 私はこのレースを甲州夢街道シルクロード215Kmのトレーニングと位置づけて参加したので懸命に走ったのだが、最後は歩きと走りが半分づつになり、7周するにとどまった。約56km走ったことになる。
暑さ対策は、最初のうちは水分補給だけで済んでいたが、最後は公園の水道で水を体中にかぶって体温の上昇を防がなければならないほどだった。
公園で子供を遊ばせていたお母さんから「どうして水を体中にかぶるのですか」と不思議そうに聞かれてしまった。

 それでも先週の江戸川下降走が50kmを8時間かけて走ったのに比較すれば明らかに進歩が見られる。先週も猛烈な暑さだったが、どうやら暑さに慣れてきたみたいだ。少し安心した。
甲州夢街道シルクロード215Kmまでに、後2回50km走をしておけば準備は整うのではなかろうか。

 今回のちはら台走友会8時間走に参加した人数は11名だった。会員は30名以上いるのだが、今回の参加者はその中でも古強者ばかりだ。それでも暑さに負けてエイドステーションで休んでいた人が多かったのはこの日の暑さが尋常でないことを物がたっている。
このため走行距離は伸びず、全員の走強距離を足しても名古屋どまりだった。

今回の8時間走のレース中の写真を掲載します。ちはら台走友会の古強者のオンパレードです。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19916

| | コメント (2)

(19.9.16)陸ガメ王 亀ゴン その2

 我が家に陸ガメが来てほぼ半年が過ぎた。当初3kg程度だった体重も、今は4kgほどになって、甲羅も大きくなっている。足腰も丈夫になりベランダや芝生の上を歩き回っている。
種類は「ケズメ」と言うらしく、中央アフリカが原産のようだ。

 寒さにはことのほか弱く、少し寒いとちじこっまって動かない。このときは頭も回転していないらしく、呼んでもほとんど反応しない。
一方暖かくなると活発に動き、そうしたときは食欲はいたって旺盛で、呼びかけにもすぐに反応する。
反応速度が温度に比例するのは実に愉快だ。
身体の反応と頭の反応は別々に動くものだと思っていたが、頭も身体の一部だと言うことを再認識した。

そお言えばロシア人は、冬に頭を空気にさらすことを極度に恐れて、毛皮の帽子を必ずかぶって外出することを思い出した。
コーチャ、帽子をかぶりなさい。馬鹿になってしまうよ」ロシア映画の台詞である。

 食料としては当初レタスしかあげていなかったが、どうやらこれでは栄養不足になるらしい。先日娘が買ってきた「リクガメの衣食住」と言う本を読むと、野菜や果物や野草のほとんどの物を食べることを知った。

 にんじん、白菜、キャベツ、かぼちゃ等何でもござれのようだ。現在我が家ではレタス、キャベツ、小松菜、バナナ、それと少々の動物性の食べ物(ゆで卵、シャケ)をあげている。
それと庭に放つと芝生や雑草を手当たりしだい食べている。

 亀は鳴かないと思っていたが、時々悲鳴のような声を発することがある。どこから声を出すのかとても不思議だ。
性格はいたっておとなしく、頭をさすると首をのばし、手足をのばしてのびのポーズをする。
当初は私が手を伸ばすとすぐに頭を引っ込めていたが、今はなぜられるがままだ。
また、人間と違い、唇のところにえさを噛みち切るための歯があり、中に非常に柔らかな舌がある。

 えさを手で与えると、大きく口を開けてこの柔らかな舌を前に出しえさを丸めて飲み込む。まったく噛むことはしない。丸ごと飲み込むと言う感じだ。

 あまりにかわいらしいしぐさなので、つい餌を与えすぎる傾向があり、先日はとうとうおなかを壊して、便が柔らかくなってしまった。少し反省してあまり餌を与えないように我慢している。

 私は家で動物を飼ったのははじめての経験だが、亀がこんなにかわいいものだとは知らなかった。もっぱら私が餌やりや日光浴、ウンチの世話をしているが、娘も亀ゴンの大ファンで、競争でかわいがっている。
二人して大騒ぎして、馬鹿みたい」かみさんのせりふである。
どうやら、放浪の旅をしてきた亀ゴンもようやく安住の地を見つけたようだ。

亀ゴンシリーズはこのブログの「陸ガメ」に入っております。

 

 

| | コメント (0)

(19.9.15)やっと終わった

 やっと終わった。台風9号の四季の道の後片付けである。台風9号が関東地方に上陸したのは7日の金曜日だから、1週間かかったことになる。

 台風が去った午後に四季の道を見てまわったが、壊れた傘の放置がおびただしかった。私はその日のうちに10本、その後も約10本片付けたが、会長の I さんも京成おゆみ野駅周辺で10本程度片付けたそうだ。
合計で約30本の傘四季の道に放置されていたことになる。
さすが、台風だと感心した。

 倒木については緑土木事務所が処理をしてくれた。今回の台風で最も弱い木はプラタナスだったが、本当に倒れてしまったものは裁断して運び去り、傾いた木は枝を落としてまっすぐに植えなおしてあった。
やはり本職の仕事は違う。

 私が最も心配してたのは、鎌取駅駐輪場の植栽の上に積み上げられていた折れた小枝や葉っぱの処理で、重さと太陽光線をさえぎられたことで、一部の植栽が死んでしまいそうだった
枝や葉っぱを植栽の上に移動させたのは、駐輪場の指導員の方たちで「自転車を止める場所に、折れた枝や葉っぱがあると、駐輪ができなくなるかる」からである。

 しかし、このままでは置かれた場所の植栽が死んでしまう。長年かけて育ててきた植栽を殺すわけにはいかない。
私はツツジサツキツゲ等の植栽が落ち葉で覆われて太陽光線がさえぎられたり、上に折れた枝のような重量物が置かれて植栽が折れそうになったりしているのを見ると心がそぞろになってしまう。
ツツジちゃん、俺が何とかしてやるぞ

 市役所の方で処理してくれるかもしれないと1週間待ったが、そのままだった。今日(14日)はおゆみ野クリーンクラブの鎌取駅周辺の清掃日だったので、それならと掃除の後で枝や葉っぱの片付けをすることにした。

 当初は自分一人でするつもりだったが、メンバーのNさんが手伝ってくれ、二人で枝は植栽の上から他の場所に移し、葉っぱは植栽の中に埋め込んおいた。

 これでようやくすべての台風の後処理は終わったことになる。植栽も枯れることはないだろう。やれやれだ。 


今回の台風の後処理に関連する写真を掲載しておきます。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19914

| | コメント (0)

(19.9.14)作曲者あらわる

 世の中は広いものだ。私が「四季の道の歌」と「かずさの道から」という歌詞を作ったら、作曲してくれる人が現れた。「ともすけ」さんという。
昨日(12日)作曲してギターを伴奏に歌っているテープが届いた。

 私自身は作曲の才能も、歌を歌う才能もないので、心から感謝している。
しかし聞いてみてはっきりわかったことは、作詞者と作曲者は共同作業をしないと、いい歌にはならないということのようだ。
歌詞が強すぎると、無理な言葉づかいで歌わないとならなくなり、一方曲が強すぎると歌詞が平板になってしまう。
どうしても調整作業がいる。

 私は当初「ともすけ」さんはおゆみ野在住だと思っていたが、松戸市に住んでいるとのことであり、適当な日にあって、共同で修正作業をすることにした。なにか本職の作曲家と作詞家みたいだ。
さらにここに歌い手が加わればパーフェクトなのだが、残念ながら歌手はあらわれていない。どなたか歌ってくれる人が出てくれるとありがたいのだが。

 幸い、このブログ上で音楽を配信する技術も確認できたし、このブログを見てくれる人も毎日70名前後いる。
かつては、シロウトの作詞や作曲はどこにも発表する場所はなかったが、今は江戸むらさきの世界である。
ブログという強い味方があったのだ
そうした意味ではプロとアマが平等な土俵で相撲を取っているみたいで、本当にいい時代だと思う。

 昨日の「朗読」の音声配信のテスト結果では、現状の音質は使用しているパソコンのオーディオ環境によって異なるみたいであり、iPodMDのような一定の高音質を期待するのは無理のようだ。
それでもこうした環境や技術は時間が立つにしたがって向上していくので、そのうちにテレビの音楽番組程度の音質が出るかもしれない。

 それまでは、せっせと歌詞作りにはげみ、それを「ともすけ」さんが作曲してくれれば、大変楽しい趣味になるだろう。

 本当はすぐにでも聞いてもらいたい気持ちがあるのだが、現状では歌詞も曲も未完成なので、まだ発表する段階ではない。もう少し時間をいただいて、素人なりに磨きをかけたいと思っている。

なお、本件の記事と関連する記事はこのブログオカテゴリー「歌詞」に入っています。

| | コメント (1)

(19.9.13)悪戦苦闘

 悪戦苦闘している。ブログの表現方法の拡大についてである。すでに文章や写真、コンピュータ絵画については内容はともかく、技術的には十分なレベルに達した。次は言語音楽の配信に挑戦している。

 言語については、現在トレーニングしている乙川優三郎磯笛を音声ファイルとして聞いてもらいたいと考えた。もしうまくいけば「朗読」をブログで配信できるのではないかと思ったからである。
また、音楽ではテーマソングを配信したい。
 
 最初、現在使用しているココログを調べてみたが、どうやら音声音楽には対応していないことが分かった。それならと他のブログを調べてみたらBIGLOBEのウェブリブログ電話による音声登録の仕組みがあったので、「やれうれしや」と思って電話番号の登録をした。

 最初、家庭用電話番号を登録してみたのだが、IP電話の場合は何か問題があるのだろうか、うまくいかなかったので、かみさんの携帯電話を借りて再登録したらうまくいった。

 ただし、電話での音声登録は色々と問題点がありそうだ。
第一に録音時間は5分間と限られており、朗読のように1時間以上かかるものにはむいていない。
第二に音質上の問題があって、私のパソコンでの再生では、かなり音質の劣化があった。ソニーのMDで録音した場合に比較してかなり悪声になっている。電話を使用している限界だろうか、それとも私のパソコンのオーディオ環境の関係だろうか。すこしがっくりした。

 しかし、ともかくも音声ファイルの配信ができるところまではこぎつけたのだから、良しとしなくてはなるまい。今後技術上の問題点をクリアーしてけば、この方法で朗読テーマソングも配信可能かもしれないからだ。
今回は悪戦苦闘の結果を聞いてもらおう。

下記のURLをクリックすると、テープレコーダのような操作画面がでます。その再生ボタンを押していただくと、テスト「磯笛」の朗読が約3分間聞こえるようになっています(カテゴリーが登山になっていますが、次回から修正します

http://1-0-0-0.at.webry.info/200709/article_1.html

音質についてのアンケートをさせてください。このアンケートのポイントは私の朗読のよしあしではなく、音質だけに答えてください。
 

 

| | コメント (0)

(19.9.12)疲れる

 正直言うとくたくたに疲れてしまった。精神的にではない。肉体的にである。2日前の日曜日に川間からの50km走をしたのだが、あまりの暑さでどうも肉体的限界に達してしまったようだ。

 昨日は清掃活動とブログの作成はしたものの、後は一日中愚だ愚だ寝ていた。
おとうさんは、気がつくと寝ているわね

 今日(11日)は疲れも抜けてまた颯爽とマラソンの再開ができると思っていたら、再び朝の清掃活動だけですっかり疲れはててしまった。

 台風の後の壊れた傘の整理はようやくついたのだが、まだ枯れ枝がツツジやサツキの上に乗っかっており、今日はそれをきれいに片付けようと思っていたが、気力が萎えた。
まあ、今日はここまでにしよう。どうも身体が重たすぎる

 家に帰って鏡を見たら、日に焼けた肌がポロポロむけ始めており、普段でもあまり見ないほうがいい顔が、もっとひどくなっている。
かみさんが「これはひどい、今日は人に会わないほうがいいわね」と正直な感想をのべた。

 実は今日は小谷小学校のボランティアをする日で、先日の台風による落ち葉や枯れ枝の整理をしようと思っていたのだが、この一言ですっかり登校拒否の子供のようになってしまった。
ぼくちゃん、お肌がひりひり痛むし、頭は痛いし、おなかまで痛そうだ
今日のボランティアは許してもらうことにしよう。
校長先生、許してください。身体が回復したらがんばります

 しかしどうしたことだろう、きつい運動をした翌日に疲労があるのは分かるが、2日目に疲労のピークがくるなんてひどい。回復力がひどく衰えてしまった。

 今日はすっかり落ち込んでいる。
昨日の「ウルトラマラソン練習記 その2」で投票をお願いしたら、かなりの方が「無理しすぎだ」と投票していたが、私もその意見に賛成しそうだ。

 このような日は、ひたすら疲れを取るのに限る。乙川優三郎磯笛の朗読の練習をしたり、娘が買ってきた「リクガメの衣食住」と言う本を読んで、陸ガメの研究でもしよう。
そして日が暮れたらさっさと寝て、明日はテンションをあげるようにしよう。そおしないと「がんばれ」と応援してくれている方に申し訳がたたない。

 

 

| | コメント (0)

(19.9.11)ウルトラマラソン練習記 その2

 江戸川下降走50kmをしたかったのだが、異常に暑かったり、台風が来たりしてなかなか日程調整がうまくいかなかった。
しかし甲州夢街道シルクロード215Kmを走破するには50kmを「なにげなく」走れなくてはとても完走はおぼつかない。

 ようやくこの日曜日(9日)に、天気予報で「午前中は曇り、午後は雨、ところにより雷雨、気温は29度」と言う予報が出た。
長距離走をしたことがない人のために説明すると、長距離走の大敵は温度と太陽で、晴れて30度以上だといわゆる日射病にかかってしまう。
かえって小雨が降っているときなどはベストで、特に夏の小雨は気持ちよく最高だ。勇んで出かけることにした。

 場所は川間と言う東部野田線が江戸川と交差する場所である。野田醤油のある野田市の近辺だと言うとイメージがわくだろうか。ここから川に沿って下ることになる。

 この日は2日前に台風9号が関東地方を直撃した後だったため、川の水が増水しており、河川敷のグランドやゴルフコースはほとんどが冠水していた。
川幅はいつもの数倍に広がっており、所によっては川幅いっぱいに泥水が流れていた。

 川間からの50kmは冬場にはよく練習コースとして利用しているが夏場は初めてだ。水をペットボトル2本に詰め込んでスタートした。
しかし、この日は大変だった。天気予報と異なり、天気は快晴で気温はどんどん上昇し30度を越えてしまった。
何で雨が降ってくれないんだ。ひどいじゃないか」うらんだがどうしようもない。

 後頭部が日差しで暑くならないように、帽子から手ぬぐいをたらし、水があれば頭からかぶって体温を下げるように努力したが、30kmぐらいでふらふらになってしまった。
その後は橋の下の日陰を見つけると、体温が低下するまで寝込んでいたが、頭は朦朧とするし、気力もだんだんなえてくる。

 しかしこのコースはスタートから約20kmの三郷でエスケープすることはできるが、そこを越すと逃げ場がなく、はってでも葛西臨海公園まで着かねばならない。
しかたない、がんばれ
地獄のトレーニングになってしまった。
冬場ならほぼ6時間で到着する葛西臨海公園まで約8時間もかかって、ようやく到着した。

 いやはや、まだまだ
甲州夢街道シルクロード215Km走破する走力が身についていないことを実感した一日だった。
毎週1回は長距離走をおこなうことにしているのだが、来週はちはら台走友会8時間走がある。かずさの道を8時間かけてどのくらい走れるかを競うレースである。

 今度こそ快適に走れなければ、甲州夢街道シルクロード215Kmは地獄の走りになってしまいそうだ。

今回の川間からの写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19910

この記事に感心がある方の投票をお願いいたします。5段階評価になっています。

| | コメント (1)

(19.9.10)失敗記 その9

 若いうちは自分がどのような能力があるのかも分からないし、どのような職業を選んだらよいのかも分からない。しかし直感のようなものがあって、一度はそうした仕事につきたいと思うものらしい。
だが多くの人は直感ではなく、世の習いにしたがって職業を選び、年をとってから苦い思いにかられる様だ。
私の場合もそうだった。

職業選択の巻

 青年海外協力隊と言うものをご存知だろうか。20歳から39歳までの若者を対象に、主として低開発国に2カ年間、何らかの支援を目的に送り出す事業である。
若者であるからほとんどが技術者ではない。いわば情熱だけで現地に溶け込み、教育や簡単な医療や、スポーツの手助けをするボランティアだと思えばよい。ただし最低限の生活費は支給してもらえる。

 元々はアメリカで始まった平和部隊が手本で、日本では1965年から派遣が始まり、現在まで約3万人がアフリカやアジアや中南米を中心に派遣された。今現在活動している人員はおよそ2500名だそうだ。

 実は、私が大学を卒業したのは1970年であり、青年海外協力隊の創業期にあたる。
ある日、青年海外協力隊の募集要項をみて、勇んで応募に駆けつけた。海外で生活することも魅力だったが、何よりも低開発諸国の人々に役立つのだと言うことが、若者の心を奮わせた。

 事務所で「是非、青年海外協力隊員として派遣してほしい」などと高揚した気分で応募の動機を話していたら、急にこの事務所のある人から別室に呼ばれてしまった。
その人は「自分は君と同じ大学の先輩にあたる」と自己紹介をした後、信じられないようなことを言った。

青年海外協力隊に応募する人のほとんどが、いわば日本ではまともな職業に就けない人たちで、君のようにどのような会社でも入れる人間の来るところではない
だから君は日本の大手企業に入り、まともな生活をしなさい」と言うのだ。

 実際当時は高度成長期の真っ只中にあって、どこの企業も募集に血眼になっていた。望めばどこの企業にも入れたので、わざわざ海外の、しかも低開発国に行くのは「まともな職業に就けない人」か「つきたくない人」だったのは事実である。

 勇んでいただけ気持ちが落胆したが、結局私はこの先輩のアドバイスを聞きいれ、青年海外協力隊の応募はあきらめ、ある金融機関に就職した。
しかし61歳の今になって「その選択が正しかったのかどうか」疑っている。

 その後の人生を振り返ってみると、私は会社人間としては異邦人だったし、出世とは縁遠い存在だった。いつも居場所の悪さを感じていたのも事実である。他に自分に適した仕事があるはずだと、シナリオライターを目指したり、国連職員を目指したりした。
しかし結局はこの金融機関に最も長く勤めた最年長の職員として退職した。本当に私以上の年配者は、この企業のトップただ一人だけだったのである。

 退職してから1年間立ったが、その間はボランティアしかしていない。主として清掃ボランティアであったり、里山開発のボランティアであったり、小学校の草刈りやパソコンボランティアだが、実に楽しいのだ。
ボランティアだから報酬は期待できないが、一方ボランティアだから自由気ままにできると言うよさもある。

 こうしたことができるのも企業に37年間勤めて年金生活が可能になったからだともいえないわけではない。
一方、こんな楽しいボランティア生活なら、当初から青年海外協力隊に応募し、その後の人生をそおした活動に費やしても良かったのではないかとの思いにかられる。

 青年海外協力隊の事務所にいた先輩は、明らかに好意でアドバイスしてくれたのだが、私の場合は「不適切なアドバイス」だったのではなかったかと今にして思うのである。
こんなに楽しいなら、最初からボランティア生活すればよかった」そお思ってしまうのだ。

失敗記のシリーズはこのブログのカテゴリー「失敗記」にはいっております。
 
 

| | コメント (0)

(19.9.8)かずさの道から

 先日、阿久悠さんをしのんで「四季の道の歌」と言う歌詞を作成したら、信じられないことに「ともすけ」さんが曲をつけてくれた。今現在その曲はまだ聞いてないのだけれどはやく聞きたいものだ。

 気を良くしてまた作詞をしてみた。今度は「かずさの道から」と言う歌詞で、私が所属しているちはら台走友会の練習コースだ。片道約4kmのコースで特に桜並木が美しい。
定期的にこの道を清掃している人もいていつも美しい景観が保たれている。

 今回はちはら台走友会のテーマソングにできればと思って作詞をした。どなたかが曲をつけてくれれば、口ずさみながら走りたいものだ。

かずさの道から

 走っている あなたが好きです
 朝日をあびて あなたのはだが かがやいてます
 さくらの木に 寄り添いながら 見つめていた私に
 あなたは すこしだけ 視線をなげかけてくれました
  私の右手が かすかに動いたのを 気付いてくれたでしょうか
 

 走っている あなたが好きです
 夕日をあびて あなたの肩から 汗がながれてます
 子犬と 散歩しながら 立ち止まった私に
 あなたは 軽く会釈して 走り去っていきました
  私の心の ほのかなときめきを 気付いてくれたでしょうか

 走っている あなたが好きです
 木漏れ日浴びて 疾駆している カモシカのようです
 自転車を 押しながら 振り向いた私に

 あなたは たちどまって ほほえんでくれました
 心に秘めた ひそかな慕情に 気付いてくれたでしょうか

 
 
 
久しぶりに投票をお願いいたします。なお投票される方はこの記事に興味をもたれている方にお願いいたします。


 
 
 
 
 

| | コメント (0)

(19.9.8)台風の後は大変だ

 今日(7日)、台風9号が関東地方を直撃した。午前中は風雨が強く、毎週金曜日におゆみ野クリーンクラブが実施している鎌取駅前の清掃もできなかった。
午後になって風はかなり強かったものの雨が止んだので、四季の道の台風の被害状況の把握を兼ねて清掃活動を実施してみた。

 私としてはかなりの被害を予想していたのだが、思いのほか被害は少ないとの印象を得た。それでも木が倒れていたり、壊れた傘があちこちに放置されていたりして、いつもの清掃よりは手間隙がかかったのは止む終えない。

 木の被害は秋の道から冬の道にかかるプラタナスの木が最もひどく、何本かのプラタナスは枝が折れただけでなく、倒れかかっていた。
プラタナスは葉っぱが大きく、いわゆる頭でっかちの木なので強風にはことのほか弱そうだ。支え棒もあるのだが、その棒も抜けていた。
それ以外としては、夏の道橋の横に植えられている7m程度の木が倒れていた。これも葉っぱの大きな木だが種類は知らない。

 壊れた傘の放置は半端ではなく、私は10本あまり回収したがそれ以上の回収は不可能だった。本当は傘の放置はしてほしくないのだが、安い傘は壊れたらその場で捨てられてしまう。
こおした傘は集めて不燃物として出すのだが、毎回傘やさんみたいだ。
まだいたるところに壊れた傘が残されているので、時間をかけて回収するしか手はなさそうだ。

 強風に飛ばされた折れた枝葉がツツジやサツキの植栽の上に大分乗っかっているので、これははやめに整理しないと植栽が痛みそうだ。今日は傘の回収やビニール袋の回収で手一杯だったが、できるだけはやく取り除くことにしよう。

 なお倒木の処理については緑土木事務所が実施してくれると思っているのだが、数日立っても処理されない場合は、何とかしなければならないだろう。幸い私は里山で間伐の経験を積んだので、その時はその技術が役立つかもしれない。

 いづれにしても台風や大風が吹いた後の後始末には時間がかかる。毎度のことだが、元の状態に戻すまで一頑張りが必要だ。

(追加)
今日(8日)四季の道を走っていたら、緑土木事務所がプラタナスの木の処理をしていた。倒れかかった木は、枝を落として植えなおしていた。すぐに対応してくれたのでほっとしている。

台風の後の被害状況の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/1997

| | コメント (0)

(19.9.7)標準語を話せますか

 私はこの年になるまで、自分がしゃべっている言葉が標準語であることを疑ったことはなかった。なにしろ郊外とはいえ、生まれも育ちも東京なのである。
一時期、転勤で東京を離れたことはあったがその間の12年間を除き、東京か東京周辺で暮らしていた。だから自分がしゃべっている言葉はNHKのアナウンサーがしゃべるような典型的な標準語だと信じていた。

 ところが意外なことに、私の言葉は標準語とは似ても似つかない一種独特の言葉だと悟らしてくれたのは、朗読会のインストラクター、Yさんである
Yさんの指導で、乙川優三郎(おとかわ ゆうざぶろう)著、磯笛という本の朗読のトレーニングを受けているのだが、Yさんが「山崎さんの言葉は、ゴツゴツとしていて、講談を聞いてるようだ」と言ったときは何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

 なにしろ61年間もこのスタイルでしゃべってきたのだ。すっかりなじんでしまって、自分のしゃべり方の特長なんてまったく分からない。
標準語で何が悪い。こっちとら江戸っ子だよ
一瞬「ムッ」としたけれど、Yさんが「録音をして聞いてみるのがいい」というので、半信半疑ながら録音をして聞いてみた。

 正直言ってこのときほど驚いたことはない。
これ、なに、どこの言葉
なんとも表現のしようもない言葉使いだった。
単語のアクセントが標準語とずれていたり、語尾が極端に強調されてしりあがりになっている。標準語なんてとてもいえない。
あえて類型を探すと、イタリア語のようだ。あのマルチェロ アストロヤンニのイタリア語である。

 これでは朗読を聴いた人は疲れてしまって、朗読会のアンケートを回収したら散々な評価になりそうだ。
朗読者は、最低限日本語をしゃべってほしい
内容より、言葉の抑揚が気になって、何の話か分からなかった
イタリア人に朗読をさせるな

 今は深く反省をして、語尾を弱くし、はねあがらないように練習している。
それにしても61年間、自分の話し方に一度も気付かなかったとはうかつだった。

 やはり、自分の話し方を気付かせてくれたYさんに感謝しよう。
今日からNHKのアナウンサーのような言葉使いをするようにトレーニングします

・この朗読に関係する記事は、このブログのカテゴリー「朗読」に時系列で入っております。

| | コメント (0)

(19.9.6)里山整備第10回合同作業報告

 里山開発の合同作業日も今日(9月5日)で、10回目を数えた。記念すべき日だ。参加者は6名である。
最も会長の I さんや里山の近くに住んでいるAさん、力持ちのBさんたちは3日に空けずにこの里山に通っているから、自分の庭のようなものだ。

 遊歩道も整備され、間伐の伐採も進み、下草はほぼ除去された。不法投棄されたゴミもほとんど片付いている。

 今日は台風が接近していたため天候が不順で、晴れているかと思うと急ににわか雨が降るという状況だった。
会長の I さんの提案で、今回は水質調査池の周りの柵の強化をおこなうことになった。
柵の強化は、先日広島県呉市の農業用溜池に子供たちが入り込み、内2名が死亡、それを助けようとした老人も死亡した事故が発生したからである。
安全対策として柵を池の周りに設置しましょう

 この里山の池の深さについては実は知らない。農業用溜池のように深くはなさそうだが、昔ここで遊んだ経験があると言うCさんの話だと、子供たちが水泳をしていたそうだ。
一度池の深さについて計ってみたいと思っているが、ゴムボート等の手配がいるだろう。

 この里山については、学校で入ってはいけない場所として教えられており、また入口は木製の柵がしてあって「注意書」もある。しかしそれでも入ってくることが想定されるので、池の周りに柵をめぐらしておいた。

今は我々しか入っていないけれど、今後この里山をどのように開放していくか検討しなければなりませんね
池があるから、その安全対策は必要だなあ

ある特定の日に開放日を設けて、そのときにフケイ同伴で入山してもらうような形で、徐々に開放していくのがいいかもしれませんね
有用植物の保存や、里山の自然についてボランティアで教育の場を設けることなんかも考える必要がありそうですね

 そのうち、回り近所や小学校からこの場所を見学したいと言う要望も出てくるだろう。そのときに備えて今は準備期間として里山の整備をしている。


(恒例の都川源流の水質調査結果)

・pH(ペーハー)は7であり、中性といえる。
・雨水の流入があったため、汚染度合いが緩和されている。
・水の透明度は低くなっている。

調査地点      調節池への流入口        調節池からの流出口
調査日        08/01 08/19 09/05       08/01 08/19 09/05

調査開始時刻   10:30  11:50  12:30        10:55   12:20   13:05
天気         高曇り  晴れ  曇り・雨        高曇り  晴れ   曇り・雨
気温(℃)      34   31    29.5           25    29     28.5
水温(℃)      24   27    28            26    29     27.5
透視度(cm     30超* 30超   16           28    20     11
pH          7.0   7.0   7.0             7.0    7.5    7.0
NO3(硝酸)     5    5     1             2     2      2
NO2(亜硝酸)   0.2   0.2    0.02          0.1    0.05    0.05
NH4(アンモニア)  0.2  0.5     0.2           0.5    0.5     0.2
COD         10   13    20            10    13      10
水の濁り       なし  なし  有り            なし   若干    有り
水の臭気       なし   なし  なし            なし   なし     なし

今回の作業の写真を掲載します
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/199

| | コメント (0)

(19.9.5)Fおばさん がんばる

 Fおばさんを紹介しよう。おゆみ野クリーンクラブのメンバーで、根っからの掃除好きといっていい。優に70歳を越えている筈だが、すこぶる健康だ。午前中は清掃や家の仕事を片付けて、午後からはNASスイミングプールで水泳をしている。

山崎さん、水泳がいちばんよ、水泳しなさいよ」いつも誘われている。
私も昔は水泳部に所属していたくらいだから本当は水泳が好きなのだが、最近は水に入るとすぐに鼻炎になってしまい、夜眠れない。
そお、Fおばさんに説明するのだが、Fおばさんは極端に耳が遠く、毎回「水泳しなさいよ」といわれてしまう。たぶん聞こえてないのだろう。

 耳はいささか問題があるが、こと掃除に関してはプロといっていい。落ちているゴミはどんなことがあっても拾ってしまう。

 おゆみ野クリーンクラブは毎週金曜、鎌取駅前と駐輪場の清掃をしているのだが、駅前の植栽の中に挟まっているゴミも見逃さない。植栽のなかで格闘している姿は壮観だ。
また駐輪場では、止めてある自転車の間を縫いながらゴミ拾いをしている。私など手が届かないと、さっさとあきらめてしまうゴミをとことん拾ってしまうのだ。
会長の I さんが「今日はこの辺で止めましょう」と言っていつも終了させなければならない。

 夏の道橋の側溝に雑草が生えて、水はけを阻害していたが、その雑草を根元から取って水はけを回復させたのもFおばさん。ここで回収したゴミを自宅に持って帰ったが、一騒動あったらしい。
山崎さん、おとうさんが『ゴミを持ってくると蛆がわく』って反対するんだけど、どこか他に置き場所ないかしらね。区役所でひきうけてくれないかね
うぅーん、たぶんダメでしょう。今のところ家庭ごみとして出すしか手はないと思いますよ

 最近、Fおばさん清掃のテリトリーが増えている。夏の道橋両脇の植栽の間には、よくごみが捨てられるのだが、鎌取駅前の清掃が済んだ後はこの場所で格闘だ。
 小谷小学校の千葉南警察側の道路がいつもきれいなのもFおばさんの掃除のおかげだ。
先日は「
山崎さん、四季の道を歩いていたら『カムイ』の駐車場にゴミがいっぱい落ちてるんだけど、掃除をしないみたいなの。私がしておこうかね」と言っていたので、多分きれいになっているだろう。

 こおしてFおばさんが目をつけたゴミはことごとく拾われてしまうのだ。
間違いなく、Fおばさん清掃のプロである。

Fおばさんが清掃している場所の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/F1992

| | コメント (1)

(19.9.4)忘れる

 最近の物忘れの激しさは尋常でない。なにげなくしてしまったことは確実に忘れている。特にある行為をしているときに、他の行為が入ると、前の行為は確実に忘れている。3歩あるくとすべてを忘れるニワトリのようだ。

 いくつかの事例を紹介しよう。

 私は育毛剤としてフラバサイトをつけているのだが、これはつけすぎると夜中つばが出なくなるという副作用がでてくる。このため1日1回に限っているのだが、いつつけたかすぐ忘れてしまうのだ。
あれ、これ何回目だろう」鏡の前でフラバサイトを持って途方にくれる。

 ひげをそった事も忘れる。今日はひげをそったのだろうか。手であごの周りを確認して、どうやらそったことが分かるのだが、いつそったのか記憶がない。
あれ、いつひげそったのだろう

 髪を洗うときも大変だ。私は石鹸で洗っているのだが、シャワーをかぶっている間に、洗ったかどうかを忘れてしまう。髪の毛のぱさぱさ具合を見て確認するのだが、良く分からないことが多い。
しょうがない、二回目かもしれないが洗っておこう

 お湯を沸かすときはもっとひどい。コーヒーや紅茶を飲むために沸かすのだが、ちょっとその場を離れたりすると確実に忘れてしまう。
幸い、このコンロはお湯がなくなると自動的に止まるので火事にはならないのだが、毎回の行為に家族から総すかんを食らった。
お父さん、お湯を沸かすときは、コンロの前から離れては、絶対ダメ

 お風呂の水出しも同じで、パソコンなんかいじっていると絶対といっていいほどわすれて気付いたときは水があふれかえっている。場合によっては数時間流しっぱなしだ。
お父さん、水道代を払ってもらいます

 朝のトーストも自分で入れたことを忘れて、またトーストを焼こうとしてしまう。
このトースト焼いているの誰」なんていって失笑を買ってしまう。

お父さんは、何でも忘れるのだから、必ず確認する癖をつけて」かみさんから厳重に注意された。
確かに、あまりにひどいので反省をした。
どうやら記憶を固定する行為をしないと、たちどころに忘れることに気がついた。

フラバサイト、第一回目完了。確認 OK
パンをトースターに入れた。今入れましたよ。OK
シャワー、第一回目ですよ。第一回目。髭剃り完了。はい完了を確認」
「洗髪しました。したことを心にマークして。はいマーク完了

なんて、毎回やっているのだが、わずらわしいことこの上ない。

 昔から記憶力は悪い方だったが、こんなにひどくなるとは思わなかった。まことに年を取るということはやっかいだ。

このブログと関連するブログは以下のとおり
物をこぼす

| | コメント (0)

(19.9.3) I 姉さん 奮闘記

  I 姉さん存知だろうか。おゆみ野クリーンクラブのメンバーでランナーでもある。毎日両手にゴミ袋をぶら下げて掃除をしながら走っているので、朝、四季の道を散歩している人は一度は会っているはずだ。

 走りは非常に軽快だ。後ろ足で蹴るようにして走っているので、遠くから見ると草原でカモシカが走っているように見える。
あまりに素敵なフォームに見とれて声をかけたのをきっかけに、おゆみ野クリーンクラブのメンバーになってくれた。
渾名(あだな)を「カモシカ姉さん」という。

 メンバーになってくれた理由は「山崎さんの笑顔がとても素敵だから」だそうだ。
笑顔をほめられたのは生まれて初めてだったので、その後は四季の道で会う人ごとに、笑顔を振りまいているのだが、人に誤解をあたえているかもしれない。
変な親父が、俺を見てニタニタ笑っていた

 I 姉さんテリトリーは中の道から春の道にかけてのコースだ。
先日ブログで、春の道公園の運動場が余りにひどい汚れだと記載したら、I 姉さんがひとはだ脱いでくれた。江戸っ子である。
山崎さんだけに、負担 かけるわけにはいかないな。これからは公園内もチェックするわ
春の道公園中の道の公園をチェックしてくれるようになった。

 先日(1日)も、春の道公園に花火の燃えカスが山ほどあったのを片付けてくれた。両手に花火の燃えカスとアルミ缶を抱えると、さすがに軽快に走るというわけにはいかないが、それでも走っているのだからすごい。
これが、最後の花火大会になってほしいものね」同感だ。

おゆみ野クリーンクラブ夏休み特別月間にも I 姉さんは積極的に参加してくれた。
山崎さんの呼びかけにこたえているのよ」さすが江戸っ子だけあってキップがいい。

 I 姉さんのおかげで、春の道公園の運動場は見違えるほどきれいになった。花火燃えカスの処理のほとんどがI 姉さんの奮闘といえる。
最近の花火の仕方は、地中に植えているのよね。そのままにしておくものだから抜いてきたけど、5本もあったの。全然片付けてないのよ

 I 姉さん、猛暑の夏だったのに、ご苦労様。夏休みが終わったから、ふたたびカモシカのように走ってください。

I 姉さんの奮闘の写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/1992

| | コメント (0)

(19.9.2)四季の道の歌 阿久悠さんへ

先日(8月1日)、作詞家の阿久悠さんがなくなられた。70歳だった。
阿久さんは私の大好きな作詞家で、カラオケで歌う歌のほとんどが阿久さんの作詞だった。言葉の魔術師といってよい。

 阿久さんは詩人である。現在の日本において詩歌も短歌も俳句も一部の人の趣味になってしまっているが、歌謡曲の中では多くの人に受け入れられて、カラオケで歌われている。
歌謡曲の中の歌詞は詩なのだ」私は阿久さんの作詞した歌を歌うたびにその感を強くした。

 石川さゆりの「津軽海峡冬景色」、五木ひろしの「追憶」、岩崎宏美の「思秋期」、都はるみの「北の宿から」、森進一の「さらば友よ」、八代亜紀の「雨の慕情」等は曲そのものもすばらしいが、何よりもその歌詞に心を打たれる。
阿久さんの作詞した曲が、レコード大賞を5回受賞したのも当然だろう。

 こんなにも阿久悠さんにお世話になったのだから、何もしないで歌を歌っているだけでは申し訳ないと思った。
私も阿久悠さんのひそみに倣って作詞をし、霊前にささげることとしよう。初めての作詞だからレベルのほどは知れるが、作詞をすることが大事なのだ。

 私が日頃愛している「四季の道の歌」を作ってみた。

春の道を おぼえていますか
あなたのちちゃな瞳に さくらの花が 写っていました
両手をひろげて 花びらを集め ママの手のひらに おいてくれましたね
あなたが初めて歩いた日の 思い出です

夏の道を おぼえていますか
あなたの澄んだ瞳に ケヤキのこずえが 写っていました
サッカーボールで ドリブルしながら ママの周りを 走ってましたね
あなたの少年時代の 思い出です

秋の道を おぼえていますか
あなたのきらめく瞳に 愛する人が 写っていました
肩をよせあって 歩く二人に ママはちょっぴり ヤキモチをやきました
あなたが旅立ちをした時の 思い出です

冬の道を おぼえていますか
あなたの強い瞳に ママの顔が 写っていました
強くたくましい 腕に抱かれて ママは天国に 行くけれど
これがさいごの あなたの思い出です

| | コメント (1)

(19.9.1)夏休みが終わった

 ようやく熱い夏休みが終わった。気温のことではない。清掃活動のことだ。
今年の夏休みは大変だった。例年のこととはいえ夏休み中はゴミが増え、花火の後始末に追われ、犬のウンチにてんてこ舞いした。人口が増えたせいだろうか、去年よりはゴミが増えているみたいだ。

 おゆみ野クリーンクラブのメンバーには夏休み特別月間として清掃活動の強化を依頼した。おかげで四季の道やその周辺の景観が保たれたのは万々歳だ。
おゆみ野クリーンクラブのみなさん、暑い中、本当にご苦労様でした」労をねぎらおう。

 宴会の跡と花火の燃えカスで汚れ放題だったはるの道公園の運動場についても、最近はゴミが少なくなった。
クリーンクラブの I 姉さんが定期的に清掃しているのは知っているが、それ以外にこの場所を清掃してくださる方が現れたみたいだ。

 しかし犬のウンチには閉口した。夏休みになると急にウンチが増えるのは子供が散歩させるからだと思う。
こんな、ババッチーノ、もって帰るのやだよ。ウンチもって帰るなら散歩させないから
そんなら、そっと道にしておきなさい。どっかのおっさんがウンチ拾っているらしいから、大丈夫よ

 私がほとんど毎日のように処理している秋の道のイモウンチもこれでなくなるだろう。いつも休みが明けるとなくなっていたので今回も期待しよう。
今日(31日)も、この巨大なイモウンチはピラミッド状にされていた。いつもと違って道の脇にされていたのは意外だ。
このイモウンチは片付けないで、記念碑として残すこととした。苦難の歴史の象徴だ。

亀ゴン、ようやく夏休みがおわって、イモウンチから開放されそうだ
先生が注意書きを何枚も張っても、まったく効果のなかったイモウンチのことですか。それ以外の場所でもウンチ処理におわれて、先生のゴミ袋はウンチ袋みたいでしたからね

そうなんだ、おかげで私は犬のウンチ処理のスペシャリストになってしまった。しかしこれはあまり人に誇れるような技能ではないな
一時、ウンチ処理で切れそうになっていましたが、たしか歌を作ることで乗り越えたそうですが、どんな歌ですか

知ってたのか。では披露しよう」

 風かおる 秋のみちなる イモウンチ

 翁(おきな)が処理も ひと夏の夢

「上手とはいえませんが、気持ちのこもった歌ですね

夏の宴の跡の写真を掲載します。この中には私がいつも片付けているイモウンチの写真がありますが、このような写真を好まれない方は見ないようにしてください 
 http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/19831 

このブログと関連する記事は以下のとおりです。
・犬のウンチに切れそうだ

(注)テストで実施してきた「投票」については、テスト期間が過ぎましたので今回で中止します。ご協力ありがとうございました。今後は特に意見や評価がほしい場合に限定的に実施します。

| | コメント (2)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »