(20.7.25) 殺人狂時代

 殺人狂時代は1947年制作のチャーリー・チャップリンの映画だが、昨今の日本の現状はまさにこの殺人狂時代のようだ。
次から次と無差別殺人や、理由の分からない父親殺しが発生して日本はどうかしたのではないかと思ってしまう。

 3月に茨城県土浦で8人の殺傷事件がおき、岡山では18歳の少年が電車待ちの男性を突き落とし、6月には東京秋葉原でラガーナイフを持った犯人に17人が死傷される事件が起こっている。

 そしてこの22日の夜半、京王八王子のショッピングセンターで無差別殺人事件が再び起こってしまった。
殺された斉木愛さんは中央大学の4年生で、これから本当の人生を知る矢先だったのだから、気の毒で言葉にもならない。
斉木愛さんは死ぬまで「なぜ自分がこんなことになるのか」まったく分からなかっただろう。

 犯人の菅野昭一容疑者は「仕事がうまくいかず両親に相談したが乗ってくれず、無差別に人を殺したいと思って包丁を買った。むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった。両親を困らせるためにやった」と供述したが、これが果たして理由になっているのだろうかと考え込んでしまった。

 仕事がうまくいかないのは日常茶飯事だし、33歳の大人なんだから両親が相談に乗らなかったとしても当たり前だ。むしゃくしゃするのは良くあることだが、なぜそれが「誰でもいいから人を殺す」ことになるのだろうか。
原因と結果に余りに乖離があって理解不能だ

 19日に発生した埼玉県川口市の15歳の少女による父親殺害事件もそうだ。
少女の供述によると「勉強しろと言われることがわずらわしかったこと。またお父さんが家族を殺す夢を見て、午前3時ごろ目がさめ、殺意を思いついた」と言う。

 親が子供に対し勉強しろと言うのは普通だし、夢では奇想天外なことが起こるが、だからといってそれが実際と同じだとは通常は思わない。少なくとも中学3年生程度になれば夢と現実の相違は分かっているのが普通だ。

 おそらく殺された父親は自分が死んだことすら分からなかっただろう。
この事件も全く理解不能だ。

 こうした事件が発生するたびに世の識者と言われる人が
全て社会のせいにするのはフェアじゃないが、社会の中に原因がないのか点検しないと、無差別殺人の連鎖は断ち切れない落合恵子氏)」とか
むしゃくしゃして人を殺すのは絶対にあってならないが、20~30代のまだ元気で働ける人たちが、格差社会であえいでいるのは、本当は考え直さなくてはならない京都造形芸術大学 寺脇研教授)」
とかコメントをしているが、本当にそうだろうかと思ってしまう

 20~30代の若者の多くが派遣社員という格差社会であえいでいることは事実だが、それなら派遣社員全員が殺人事件を起こすとでも言うのだろうか。

 こうした社会制度に原因を求める議論は日本ではおなじみの議論だが、格差社会や受験勉強の厳しさと殺人を結びつけるのは間違っている。少なくとも無差別殺人事件の主要な要因ではない

 無差別殺人事件が発生する本当の原因は、殺人に対する社会認識の甘さだ。

 なにしろ日本では裁判で死刑が確定した人間に対し、法相が死刑執行に同意するだけで、朝日新聞から「死神」と言われる社会だ。
多くの被告人は何人もの人間をほとんど理不尽な理由で殺害したから死刑になっているのに、そうした死刑囚を死刑にすることも躊躇する社会なのだ。

 日本では殺人者の人権を最大限守ろうとする人はいくらでもいるが、殺された人の人権を守ろうとする人は少数派だ。死んだ人は生き返らないのだからどうでもいいということなのだろうか。
そして殺人を犯す理由を社会制度の欠陥に求め、「それゆえ殺人者は無罪だ」と叫ぶのが正義だと思っている。

 これでは「無差別に何人人を殺そうとも、そして死刑判決になろうとも、有力新聞をはじめ世の識者が殺人者を守ってくれる」から「誰でもいいから人を殺そう」となるのは当たり前ではないか。

 殺人者の人権を擁護するなら、それと同程度に殺された人間の人権も擁護しなければ片手落ちだ。しかし実際の裁判では殺されたものは何も抗弁できないから、殺人者は言いたい放題だし、そしてそうした殺人者を擁護する人はごまんといる。

  しかしこの殺人にも社会的理由があるとする甘い対応が、こうした連続無差別殺人事件を引き起こしているのだから、殺人擁護派の識者は反省してほしいものだ。

 原因を社会制度に求めるのではなく「目には目を、歯には歯を」と言うハンムラビ法典の単純明快な原則を適応することが、無差別殺人をなくす唯一の方法だと私は思っている。



 

 

 

 

 

 

 

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(20.7.24) 今年の同期会

 今年も昨日(22日)、年に1回の会社の同期会が開催された。私がある金融機関に入ったのは昭和45年だから、ほぼ40年も前のことになる。
全員がすでにこの金融機関を退社しており、私のように完全にリタイアしているか、関連会社に第二、第三の職を得ている。

 昔の若者はすべて60歳を越え、初老と言っていいほどの年になった。一様に髪は薄くなり、身体には脂肪がたまって丸くなっている。
だが集まるとすぐに40年ほど前にタイムスリップし、和気藹々となるのがとてもいい。

 しかし数年ほど前まではこうではなかった。まだ出世競争が続いており、出世した者もそうでない者も心にわだかまりがあって、何か完全に心を開くことが出来なかった。

 60歳を越えた今、まだ職を得ている者も「そろそろ引退しなければならない」と考えている。
ほとんどの人はこの金融機関の斡旋で職を得ているために、後輩にその職を譲らなくてはならない時期だ。
いまさらギラギラした生活はもういい

 そのため、話題は健康老後のプランが多い。また妻に対する接し方も重要なテーマだ。

 Y君は心根の優しい人だ。
女房だけは大事にしないとダメだ。俺の一番のパートナーだ。まだ仕事で帰宅が遅くなるようなことが多いが、できるだけ女房に接するようにしている。何と言っても女房が一番だ。

 先日胃がんの検診で胃が相当荒れているのが分かった。タバコをやめて長生きし、女房と二人で楽しい老後を過ごすことにしたい

酒が入っていたせいもあるが、素直に女房をほめていた。

 K君は私と同じように金融機関の職員だったことが終生なじめなかった人だ。
俺は故郷の京都に戻り、そこで晴耕雨読の生活をする。だから来年からは同期会には出てこれない。いままで随筆を原稿用紙で250枚程度書いたが、何とかこれを物にしたい。
伊能忠敬だって引退してから花開いたじゃないか。俺が目指すは吉田兼好だ

 同期会では全員が5分程度近況報告をする。
私が「小学校の先生をしている」と言ったら一応に驚いていた。ほとんどの人がこの金融機関と関連する仕事で生活をしている。私のように無関係に生計を立てている人はほとんどいない。

小学生にパソコンを教えているが、孫みたいなものだ。とてもかわいいし、『パソコンの先生』なんて呼ばれると張り切ってしまう

毎日四季の道と言う6km程度の遊歩道を清掃している。仲間は10名程度いて、みんな街を美しくしようと積極的だ

おゆみ野の森という里山があって、そこの草刈隊長をしているが、ここではこの里山を守ろうとしている若いお母さん方とも仲良くなった

 私の生活が同期の人には異色なせいもあるが、感心して聞いてくれた。
山崎の生活が一番いいな」うらやましがられた。

 帰りがけにO君から「山崎は全く体型が変わらんな。その身体には感動してしまう」と言われた。O君は入社時は柔道部のキャプテンだったこともあり、筋肉隆々としていたが、今はよる年波で体型が崩れている。
うん、いつも鍛えているから」と言ったが、体型をほめられたことが本当は一番嬉しかった。

 

 

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(20.7.23) アメリカの金融危機は底なしだ

 しばらく前までアメリカの金融当局者はまだ楽観的だった。
日本の金融危機とアメリカの金融危機の最大の相違は、日本が損失処理を10年もかけて実施したのに比べ、アメリカは時価会計で即処理をしている。したがって金融危機は長期化しない

 確かにシティーグループメリルリンチも四半期ごとに損失額を時価会計で公表しているが、それは発見が早いだけで損失が減少する訳ではない。
報告するたびに損失額は増大し、サブプライム関連の損失額はシティーグループ5兆円メリルリンチ4兆円を越えてしまった。大手8社では16兆円を越えている。
いったい、何時になったら出血が止まるのだ」経営者は真っ青だ。

 かつてはサブプライムローンを組成した証券はいくらでも売れたが、今は全く買い手がない。買い手のないサブプライムローンは、持っていると住宅市場の悪化の影響でますます減価してくる。
ババ抜きのババを何時までも持っているようなものだ。
どうにかしてほしい」金融機関が悲鳴をあげ始めた。

 仕方なくアメリカ政府は政府系住宅金融会社2社に買い取り枠を拡大させ、ぼろ屑の住宅債権を金融機関から購入させることにした。
仕方ない、それでは住宅公社が肩代わりしよう

 当初はこれでうまくいきそうに見えた。一時期アメリカの金融危機が峠を越したと言われたのはこのためである。

 しかし予想に反し金融機関の不良債権はその後も拡大の一途をたどり、どんなに政府系住宅金融会社が不良債権を購入しても追いつかない状況になってしまった。
元々は実体経済の住宅販売が低迷しているのだから、これでは単に不良債権の付け替えをしただけに過ぎない。

 そしてとうとう政府系住宅金融会社2社の債権額は550兆円を超えてしまった。これはアメリカで組成された住宅ローン関連の証券化商品の5割に当たり、日本の国内総生産とほぼ同じ額だ。

 大げさに言えば、政府系住宅金融会社2社が、アメリカ全土の半分の不良債権を抱え込んだということだ

 おかげで「ぼろ屑を550兆円ためた、政府系金融機関はあぶない」と噂が流れ、株価が急落してしまった。
この2社は債券を発行し、その金で住宅債権を購入して証券化して販売していたが、全く売れないのだからすべて手持ちになるのは仕方がない

どうにかしてくれ」今度は政府系住宅金融会社が悲鳴をあげた。
ついにポールソン財務次官がこの2社に対して「公的資金の導入をしても救済する」と言明して騒ぎを鎮めなくてはならなくなってしまった。

 なんてことはない、不良債権の付け替えゲーム住宅専門会社→金融機関政府系住宅金融会社と付け替えをして、最後は政府の責任になった。

 時価会計だと威張っていたが、アメリカも結局公的資金を導入して救済する道しか残されていなかったことになる
問題はその金額だ。日本では約100兆円の資金を導入して収束を図った。

 さて、アメリカが必要とする公的資金の金額はどの程度になるだろうか。
すべての住宅債権が不良化すれば550兆円だが、さすがにすべてが不良債権化することはない。
日本の経験では不良債権は当初半分程度と思われていたが、最終的には7割程度まで拡大した。

 半分としたら275兆円、7割だったら385兆円だ。
アメリカの経済規模は約日本の2倍だから、金融危機のレベルが日本と同じならば約200兆円が公的資金投入額になるはずだ。

 しかしアメリカ政府が投入しなければならなくなると思われる公的資金の金額は200兆円をはるかに越えそうなのだから、日本の金融危機よりも深く厳しい

 1980年代は日本が世界を席巻し、1990年以降はアメリカの時代だったが今アメリカの時代が終わろうとしている。
米大手金融 損失底なし」と新聞は報道しているが、歴史は繰り返された。

 マルクスは言っている「歴史は2度繰り返す。最初は悲劇として、そして2度目は喜劇として

 

 

 

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(20.7.22) 天才野茂が引退した

 野茂英雄投手がこの17日に引退声明をだした。1990年に近鉄に入団し、1995年に大リーグのドジャースに入団しているから、日米通算18年間在籍し、201勝155敗の成績だった。
その間、大リーグで2回ノーヒットノーランを記録し、最多奪三振王にも2回輝いている。大リーグきっての豪腕投手だった訳だ。

 しかし野茂投手の軌跡をみると波乱万丈であり、はっきり言って日本では不遇だった。
野茂がトルネードを始めたのは中学生の時からだったが、それゆえ名門高校からは完全に無視された。
あんな投球方法ではコントロールが定まらないし、使い物にならない

 私が野茂を天才だと思うのは、誰がなんと言おうともあのトルネードを一度たりとも止めようとしなかったことである。
名門高校の監督から「フォームを変えなければダメだ」といわれても怯むことがなかったのだから驚きだ。
これが俺のフォームだ」中学生の野茂がそう信じたのである。

 高校卒業後ノンプロ新日鉄堺に入団したが、その最大の理由はフォームを変えたくなかったからである。プロではフォーム改造に意欲を燃やすコーチがてぐすね引いて待っていた。

 新日鉄堺フォークボールを覚えたの後の活躍は目覚しく、1998年ソウルオリンピックでは日本のエースとして活躍し、一躍プロ野球各球団の注目をあびた。

 翌年のドラフト会議で近鉄に1位指名されたが、その時の野茂の入団条件が「フォームを変えないこと」だった。野茂はその後も常にこのフォームにこだわり、年俸よりも野球のスタイルにこだわっている。

 野茂が幸運だったのは、その時の近鉄の監督が仰木彬氏だったことである。仰木氏は日本の監督としては異色といっていいほど、天才を見る目を持った監督だった。

好きなように投げればいい
野茂イチロー仰木監督がそだてた秘蔵子である。

 近鉄時代の野茂の活躍は素晴らしかったが、1992年仰木監督が退団し、その後任に鈴木啓示氏が監督となると、野茂との確執が始まった。

 鈴木氏も天才肌の投手であったが、鈴木氏野茂を認めることができなかった。特に鈴木氏野茂を嫌ったのは四球の多さだった。
あいつは三振も取るが、フォアボールが多すぎる。守備の時間が長くて仕方がない。フォームを改造しなければ使い物にならない

 鈴木氏は現役当時屈指のコントロールを誇っていただけに、野茂のコントロールの悪さに我慢ならなかったのだろう。しかしここが仰木氏との監督としての力量の差だった。

 鈴木監督との確執に加え、12球団随一のケチ球団だった近鉄野茂の高額の年俸引き下げを図ろうとして、野茂の怒りに油を注いだ。
野茂近鉄を追われるようにして大リーグ、ドジャースに移籍したのは1995年のことだが、近鉄は最後まで野茂に底意地悪い対応をしている。

 「任意引退選手」にしたのである。これは当時のプロ野球の規定では任意引退選手は日本の他の球団でプレーすることができなかった
コミッショナー側の高額年俸を要求する選手を封じ込める一種のギルド制度だと思えばよい。

 だから野茂大リーグに挑戦したのは、日本の球界から鞭持って追われたからで、自ら望んでという訳ではない。年俸も1億4千万から980万に落ちた。
ドジャースでは当初マイナー契約しかしてもらえなかったからだ。

 しかし、人生とは何が幸いするか分からない。アメリカの球界は日本のそれとは異なり、天才についておおらかだ
どんな投球方法でも勝てればいい

 その後の野茂の活躍は見事だ。1995年13勝6敗新人賞奪三振王に輝いた。
さらに2回ノーヒットノーランを達成し、アメリカ人のアイドルにもなっている。

 今、野茂英雄の名前を知っている日本人は多いが、鈴木啓示の名前を知る人は少ない。
野茂の大リーグ挑戦など、単なるマスターベーションで成功するはずがない
この鈴木啓示の言葉は当時の日本人の常識だったことを覚えておられるだろうか。

 野茂はアメリカで大成功をおさめたが、二度と日本の球界に戻ろうとはしなかった。トルネードを認めない日本球界を嫌っていたからだ。
ドイツの心理学者クレッチマーは言っている。
成功したパラノイア(一つのことにどこまでもこだわり続ける性格の人)を人々は天才と呼ぶ

 野茂トルネードにこだわり続け、そしてアメリカで自分が天才であることを証明した。

 

 

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(20.7.21) 第16回 「おゆみ野の森」の活動記録

 「おゆみ野の森を育てる会」が主催している「おゆみ野の森」の活動も16回目を迎えた。
今日(20日)は朝から晴れ渡った夏日で、気温も30度を越えていたが、ここおゆみ野の森は木立の中にあるため意外と涼しい。
夏休みに入ったせいだろうか、参加人員も50名を越えてなかなか盛況だ。

 今回のメインテーマはそうめん流で、新都市ライフのOさんが長年温めていた企画だ。Nさんがさっそくモウソウ竹を集めてきてくれて、準備はおさおさ怠りない。

 見ていると長いモウソウ竹を半分に割って、竹の樋を作り、竹のコップ竹の割り箸をみんなが協力して作っていく。自然に有るものを使って道具を作るのが、この会のコンセプトだ。
お父さんやお母さんも実に熱心に竹細工に取り組んでいる。

 私もここおゆみ野の森に定期的に通うようになり、またキャンプ実験隊に参加したりしたので、実に多くのお父さんやお母さん、それに子供たちとも知り合いになれた。

 特に炊事担当のお母さん方は、前回のキャンプ実験隊で共同作業をした仲なので気楽に声をかけてくれる。
山崎さんのブログを見たけれど、山崎さんは定年退職者なんですってね。でも信じられないほど若いNお母さんから言われてしまった。確かに首から下は若い。

 娘からは「お父さんは帽子を取らなければ40台後半ね」といわれている。
うぅーん、困った。これではNさんの期待を裏切らないため、金輪際帽子を脱ぐことができないじゃないか

 
 ここおゆみ野の森そうめん流しをした一角を除いて、雑草が鬱蒼とはびこっている。2日前に新都市ライフのOさんや、Uさんら5人と入口付近の雑草を草刈機で除去をしたが、まだまだ雑草だらけだ。

 時間を見ては草刈釜で雑草を除去していた時、NPOみどりのネットワーク千葉のインストラクター齋藤さんから興味ある話を聞いた。
齋藤さんは元花の美術館の館長さんだ。

千葉には植物の絶滅種が何種類かあって保護活動をしていますが、単に何もしないでほっておくと、周りの雑草にやられて、結局絶滅してしまうのです。ですから定期的に雑草を除去しなくてはいけません

先生、でも私は雑草と絶滅種の区別がつきません

基本的にはすべて草刈をしてかまいません。私はカタクリで実験をしてみましたが、カタクリが咲いた後、周りの雑草がはびこったため一律に草刈をしてみました。
すると翌年には多くのカタクリが咲きました。
雑草をはびこらせると、雑草の根が張ってきてカタクリを駆逐してしまうのです。

 ですから、目的の花が咲いた後は、カタクリかカタクリでないかの区別はせず、雑草の除去をするのがいいのです

 おゆみ野の森で活動を始めてから、実に多くの助言を得ている。竹細工そうめん流し草刈も実に楽しいし、得がたい経験だ。
ここは子供たちを楽しませる取り組みをしているところだが、私のように定年退職者も実に楽しく遊べる。
是非、多くの人がこの森に集まってきてほしいものだと思う。

今日のそうめん流しの写真を撮っておきました。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20720?authkey=M-o6TYTtNLo

 

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(20.7.20) 教育委員会に国語教育を

 大分県教員採用試験の汚職事件に伴い、全国の教育委員会事前連絡等の調査を文部科学省が実施したが、その結果教育委員会の恐るべき日本語能力の欠如が判明した。

 37都道府県・政令都市の教育委員会で「県議や市議に対して事前連絡を行なっているが、金銭的な授受は一切ない」と回答してきたのである。
群馬県、埼玉県、山梨県、北海道、仙台市等すべて同じ回答だ。

 ここで次のような国語の問題を解いていただきたい。

○○教育委員会教育長が電話で××県議にA君の合格通知を連絡している。『  』の中に最も適切な言葉をいれて、標準的日本人が理解できる会話を作れ。

教育委員会の模範解答

教育長先生から何も依頼のなかったA君の採用について、事前に言う必要はないのですが、合格しました

県議私にとって何の関係もないA君について、必要もないのに事前に合格をしらされました

教育長ついては金銭の授受はしないことになっていますので、何も関係ないA君のお父さんに金銭はダメだと伝えてください

県議では、何も関係ないA君のお父さんに、商品券は金銭でないと伝えましょう

 これが日本語と言えるだろうか。教育委員会は日本語を知らないのではなかろうか。私がこの模範解答の採点者だったら零点をつける。

標準的日本人の回答

教育長先生から依頼のありましたA君ですが、A君を合格させるのは大変だったのですよ。なにしろ成績がいま一つだったので

県議しかし、まさか不合格なんてことはあるまいね

教育長先生のたっての依頼とあれば、断るわけには行きませんが、そのための得点調整には苦労しました。担当者の抵抗も相当なものでした

県議そこを通すのが、君の役目だろう。それはそうとA君の父君が君にお礼をいいたいそうだ。ぼくも同伴するからX料亭でどうだ

教育長くれぐれも金銭の授受はまずいですよ

県議ははは、分かってるよ、商品券だろう

 これなら立派な日本語だ。100点をつけてもいい。

 私は教育委員会は決定的に日本語能力が欠如していると思う。なぜ上記のような100点が取れる回答ができないのだろうか。
教育委員会がこんなことだから、児童の日本語能力の低下現象をふせぐことができないのだ。

 子供たちの学力向上のためには、まず教育委員会の日本語能力の向上をはかり、教育長が立派な日本語をしゃべれるようになる運動を起こす必要がありそうだ。

必要もないのに事前に連絡している」なんて回答をしている教育長の日本語レベルは小学生以下だと私は思う。

 

 

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(20.7.19) 苅田郷の陶三様展

Image0  京成おゆみ野駅から歩いて10分程度の場所に、おゆみ野とは全く異なった昔ながらの村落があり、その一角に古民具工芸の村苅田郷(かったごうがある。

 その苅田郷7月19日から27日までの9日間、若手陶芸家の陶三様展が開催される。開催時間は午前10時から午後5時までである。
苅田郷には土蔵を改修した凌雲堂というギャラリーがあり、そこで若手陶芸家が精魂こめて作った作品が展示即売されている。

 私は陶芸家の一人、高梨洋一さんとは知り合いなので陶三様展について聞いてみた。
何時から陶三様展を始めたのですか
3年前からです。私がほかの二人に呼びかけてはじめました

高梨さんは笠間で修行されていますが、皆さん、笠間焼きの作陶家と言っていいのですか

たしかに笠間で修行を積んだ仲間ですが、必ずしも笠間焼きというわけではありません。それぞれが工夫をしながら新しい陶芸を目指しています。
それと私自身については陶芸家と言われるような位置にあるとは思っていません。焼物屋と自分では思っています

どのような作品を展示されるのですか

主としてコップやお皿ですが、できるだけ品質の良いものを展示即売します。悪いものを売ると、あそこはそうしたものを販売するところだと客さんから思われてしまいます。長い目で見るとそうした評判は取りたくないのです

 高梨さんは非常にまじめな方で、今日からの陶三様展に全力を注いでいる様子がよく分かった。
以前会ったときに比べると身体が痩せ細っている。

ずいぶん痩せましたね
準備が大変なのです。今日も夜中までかかりそうです

 ここおゆみ野に隣接して、おゆみ野とは異なった異空間が存在し、そこで若手陶芸家(焼物屋)が努力している姿を見ることができる。
苅田郷そのものも魅力ある場所なので、もしこの場所を知らない人がいたら、一度訪問されることを勧める。
きっと気に入られるのではなかろうか。

出品作品の写真を撮ってきました。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/20715?authkey=0SyNNbCp2sQ

(別件)

* 「おゆみ野の森」の草刈について

 7月18日(金)に出られる人だけ(5人)で草刈を実施しました。事前に「休日であれば草刈をしたい」と申し入れをいただいた方には、大変申し訳ないと思っております。
次回からは「休日に草刈をして見よう」との案も出ておりますので、検討することにしました。

 なにしろ雑草の成長力は強く、ほっておくとどこまで伸びるか分からない状態です。今後とも草刈隊の活躍が期待されます。


* おゆみ野の森の活動日(第3日曜日)

 7月20日が定例的な活動日です。時間は10時からおよそ13時ごろまでで、参加は自由でかつ無料ですので、まだこられた経験のない方は是非来て見て下さい。子供連れの参加者が多いのが特色です。
今回はそうめん流しを予定しています。

 なおそこで会員になっていただければ次回からは連絡が届く仕組みになっていますので、気軽に会員になってください。

(注)私自身は「おゆみ野の森を育てる会」の事務局ではないのですが、事務局メンバーのOさんから、「おゆみ野四季の道」で是非情報発信をしてほしいと言われてます

 

 

 

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(20.7.18) 逆井(さかさい)の鐘が快調だ

 「大人の絵本」作家、花牟礼祐一さんの「逆井(さかさい)の鐘」が快調に仕上がりつつある。全5章、100枚の水彩画からなるこの物語も、現在第3章、64枚の水彩画が上梓された。

 逆井城利根川江戸川が分岐する関宿の近くにあった城で、中世から戦国にかけて関東の覇権を左右するほど重要な戦略的拠点でも有った。

 この地をめぐって新興勢力の北条氏と旧勢力の古河公方(こがくぼう)がつばぜり合いをしていた。北条氏は戦国大名の雄であり、一方古河公方は室町幕府の関東における将軍である。

 逆井城主逆井常繁は古河公方方の武将で、北条氏に攻められ落城するのだが、その歴史的事実をモチーフに花牟礼さんは戦国絵巻を「大人の絵本」として私たちに見せてくれる。

 水彩画はほとんどが戦闘場面だが、黒澤明監督の「影武者」のシーンのように一枚一枚が躍動感があり興味深い。
花牟礼さんの水彩画が単なる絵コンテでないのは、すべての水彩画によく推敲されたストーリーがあるからで、花牟礼さんはこれを「電子紙芝居」と言っている。

 こうしたジャンルは他にほとんどなく、まったく花牟礼さんのオリジナルといってよい。

 実際この時代を映像で分からしてもらえるのは実に貴重な体験だ。特に戦国前期城郭の構造についてはほとんどの人が知らない。
私たちがイメージするのは織田信長が安土に築いた安土城以降近代的城郭であり、それ以前の城のイメージを持っていない。

 花牟礼さんの「逆井の鐘」を見ると戦国前期の城が城郭と言うよりに近いものだったことが分かる。
当時の城とはこんな形をしていたんだ」感心してみてしまった。

 また、この物語を読んで、当時ここには南北30km東西1km飯沼と言う沼があり、逆井城がそのほとりにあったことを知った。
この沼は江戸時代に干拓されて今は農地になっているのだが、この地に霞ヶ浦のような大きな沼があったとは全く知らなかった。
利根川の流域には利根川の水路の変更に伴う、多くの湖沼があったことになる。

 私はよくマラソンの練習で江戸川を遡り、関宿から利根川を下っていたが、かつてここで関東の覇権をめぐる壮絶な闘いがあったことを、花牟礼さんの「逆井の鐘」を見て始めて知った。

 そうした意味で花牟礼さんの「逆井の鐘」は私たちがほとんど知らない北関東の歴史を美しい映像で教えてくれる。
余りに映像が美しいので、外国人、特にアメリカの映画監督が見たら、あのラストサムライのイメージでハリウッドで撮影したくなるのではなかろうか。

花牟礼さんのホームページは以下のURLをクリックすると見ることが出来ます(クリックして拡大してみてください)。
http://8760.y.mepage.jp/ss-sk-nav.html

 

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(20.7.17) パソコン教育でくたくただ

 私が毎日見ているブログにプールサイダー」という言葉が紹介されていた。プールの脇にいて泳法について実に的確な分析をするので、さぞや立派なスイマーと聞いた人は思うが、泳がしてみると全く泳げない人のことを言うのだそうだ。

 実は私もパソコン教育プールサイダーではないかと内心ジクジたる思いをしている。
校長先生、パソコン教育の最大の問題点は、サポート要員の不足です。先生一人ではどうにもなりません。リテラシー豊かな専門家を要請すべきです」専門語をちりばめた実に立派な進言だ。

そうですか、では山崎さん、貴方がサポート要員になってください
言われてしまった。最初は自信満々に引き受けた。
所詮、小学生が使用するソフトだ。たいしたことはあるまい

 千葉県の小学校にはキューブキッズというソフトと算数の補助ソフトが用意されている。
この二つのソフトを使用して子供たちのパソコン能力の向上に役立てようとしているのだが、キューブキッズは実に奥深いソフトであることに途中で気づいた。

 大人が使う、ペイント、プレゼンテーション、ワープロ、インターネット、MIDI、ホームページ、表計算等のソフトを子供向けに言葉と操作を簡単にしただけで、内容は大人のソフトと変わらない

うぅーん、俺が出来るのはワープロとインターネットと表計算ぐらいではないか」唸ってしまった。
実際にこのソフトを使用するとなると、事前に操作研修をしておかないと、操作方法がさっぱり分からない。

 ところが先生と事前打合せの時間がないため、すべてぶっつけ本番だ。
今日はパソコンの先生がいらっしゃいました。山崎先生です。先生は私よりもっともっとパソコンのことをよくご存知です。なんでも聞くのですよ
子供たちの尊敬のまなざしが降り注がれ、一方私はヒア汗が流れ、目まいがしてくる。

主よ、主はこのロドリゴに試練を与えたもうたのでしょうか。無から有を作り出す奇蹟はまだロドリゴには備わっていないのです

 先日は「かみしばい」というソフトでお話を作ると言う2年生の授業だった。一種のプレゼンテーションソフトで、映像と音声と動きを組合わせ、10枚程度のかみしばいをスライド形式で流し、各自がお話をするという趣向だ。
今回がそのソフトを使用した2回目の授業だった。

山崎先生見てやってください。とてもすてきなお話もあるんですが、少し手直しをしたほうが良い子もいるんです
担任の先生は私が「かみしばい」の専門家だと思っている。

はあ、かみしばいですか」聞いたことも見たこともないソフトだ。ヒア汗が脇の下を流れる。
仕方ないので一番上手そうな子供の後ろで操作方法を見ながら「これはどうするの」なんて聞いてようやくソフトの中身が分かった。

 それまではあちこちから「先生、先生、わからない」なんて声がワンワンしても無視だ。

分からないのは、君じゃない。この俺だ」泣きたくなった。

 毎回こうしてソフトを覚えていくのだが、精神のエネルギーの消耗たるやすさまじい。授業が終わるたびにその授業で使用したソフトの復習をするのだが、だんだんと意識が朦朧となってくる。

 誰もいないパソコン教室で30分程度寝てようやく帰宅が出来る状態だ。
しかし幸いなことに学年での授業は大体同じだから、一旦覚えれば他のクラスでも使用できる。
今日は同じソフトだと分かると心から安息の気持ちになる。

主よ、今日は主からパンとぶどう酒を授かりました。ロドリゴは主の恵みに感謝いたします

 まことにプールサイダーのパソコン教育は厳しいのだ。

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(20.7.16) 失敗記 その12

 本当はこのことは記したくなかったのだ。できれば墓の下にそっと持って行こうと思っていたのだが、神様のお迎えがもうすぐ来る年になったのだから公開しても許してもらえるだろう。

投資の巻き

 正直言って私ほど投資と言うものが身につかない人間も珍しい。金融機関に40年余りいたのに、まったく金儲けの才がない。
確かに後半の約30年近くはコンピュータの仕事ばかりだったが、最初の10年融資担当者だった。

 「山崎さん、景気動向をどう見ますか。A株は上がりますかね」よく取引先の社長から聞かれた。
はあ、日経では○○と言う記事が出ていましたし、××総研の予想は△△でした」とりあえず答えたが、「そんなことは新聞を見れば分かる。俺は特別な情報がほしいのだ」と軽蔑されたものである。

 金儲けとはほとんど縁のない私だったが、バブル最盛期の80年代の終わり頃には10百万円ほどの余裕資金を持っていた。
子供を大学に行かせるため蓄えた資金である。そのまま持っていたら問題がなかったのだが、ある時考えた。

これを株式で運用すれば、またたくまに2倍程度になり10百万円程度は余るかもしれない。これで世界旅行をしよう

 確かに当初は株価は上昇し、10百万円13百万円程度になった。
見よ、私の経済を見る目は確かだ」有頂天になった。
ちょうどその頃息子が信じられないことを言った。当時息子は高校生である。

おやじ、株は売ったほうがいい

いや、まだだ。株は必ず上がる。お父さんの経済を見る目は確かだ」ガキの言うことなんか聞けるかという気持ちだ。

 しかし、その時が日本のバブルの最盛期だった。瞬く間にバブルははじけ、あれよあれよと言う間に株価は下がり、泣く泣く株を手仕舞いした時は約7百万になっていた。3百万の大損だ

だから、あの時売ればいいといったろう」息子が軽蔑の目で言う。
お前の学費を稼ぎたかったのだ」と言おうとしてぐっとこらえた。本音は世界旅行だったのだからおおきなことは言えない。

 だが、なぜなのだろう。私は多くの本や雑誌を読み経済情報を分析しているのにまったく先が読めず、息子は何もしないでバブルの崩壊を予見した。この世界は正直言ってさっぱり分からない。

 バブルに踊って大損した後、私は従来のまともな生活に戻った。正確に言えば余裕資金は子供の学費に消えて投資などしようがなかった。
再び若干の資金の余裕ができたのは、退職金をもらったからである。

 退職金をほとんどを企業年金に振り替えたので、手持ちの余裕資金は僅かだったが、少しでも増やせないかと思案した。
なにしろ銀行の金利は1%未満で、ほとんどないに等しい。
やはり、これは投資信託だ。日本経済は復活する」2年ほど前に購入した。

 前回と同じように当初は株価は上がり大満足だった。
今度は経済を見る目は確かだ。だてに年は取っておらん

 しかし満足は1年と続かなかった。アメリカのサブプライムローンの焦げ付きに始まった世界同時株安で、またたくまに投資信託は元本割れだ。特に最近の株価の低迷は構造的に見える。

しまった。またか
唯一の救いはほとんど余裕資金はなかったので、ダメージも小さいことだけだ。

 だが、これはなんとしても息子に知られたくない。
おやじは全くセンスがないのに、金儲けをしようとして失敗ばかりしている。俺が20年前に教えた教訓が生きていない」生きている間中言われそうだ。

 世の中には金輪際金儲けと縁のない人間がいることを再認識させられている。
生活防衛はジャスコのトップバリューの食パンがさらに10円引きになるのを待って購入することだけのようだ。

 

 

 

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(20.7.15) 6.14恐喝事件の続報(その2)

 このブログでは6月14日恐喝・暴行事件(高校1年生のA君が、15、16才と思われる高校生の4人組から恐喝を受け、現金を脅し取られた上暴行を受けた事件)について、引き続き掲載していくことにしている。その最大の理由はこのような事件が多発しているにもかかわらず、一般メディアには全くといっていいほど掲載されないからだ

 これでは恐喝・暴行と言うような犯罪は微罪であり、「いくらやってもお咎めなしなのだからやり放題だ」という風潮が蔓延してしまう。
実際、この事件では暴行を受けたA君は、口や歯に全治4週間の傷をおっており、まだ病院通いが続いている

 しかしおゆみ野地区に住むほとんどの人がこうした事件があったことすら知らない。
A君のお父さんや、泉谷中おやじの会のメンバーはこうした事件の再発防止にどのような取り組みをしたらよいか真剣に考えているが、今のところ取り組みはその粋をでない。

 今回A君のお父さんからその後の経緯について連絡を受けたので、できるだけ原文に近い形で掲載する。

 お父さんが弁護士から聞いた話によると、加害者の少年達は犯行当時自分たちのしたことについてほとんど罪の意識がなかったようだ
単なるカツアゲ位で、ゲーム感覚」という意識だったらしい。その後警察の取調べや、弁護士との接見等を通じて始めて自分達がしたことの罪の重大さを認識し始めたのだと言う。

 A君のお父さんの話は、被害を会われた家族がその後どのような対応をせざるを得ないかがわかる貴重な証言です。

(7月4日)
・加害者少年4人は検察から家庭裁判所に送致、身柄は少年鑑別所に移された。


(7月12日)
・私たちの元に家庭裁判所から被害者への通知が速達郵便で届く。
・家裁での審判に向けての調査が開始された。審判は7月29日に行う。
・被害者は申請すれば
①事件記録の閲覧・コピー、
②審判結果の通知、
③被害者としての
心情などを裁判官又は調査官への意見陳述ができる制度がある。


加害者サイドの動き
・少年一人の保護者から直接連絡あり、面会し謝罪を受けた。(6月29日)
・強盗致傷罪の少年の弁護士と面会、保護者も面会し謝罪したい意思を知る。
 この少年は高校を自主退学した。(7月4日)
・もう一人の少年の弁護士と面会、少年に代わっての謝罪受け、保護者も面会し謝罪したい意思を知る。(7月10日)
・この3人とも治療費など賠償請求には誠意をもって対応することを明言。
・最後の一人の少年からは、未だに何の連絡もない。


ようやく事件の全容(事実)を知ることができそうです。
事件後、何を置いても連絡を取り謝罪してくれた保護者は一人。この保護者は友人など地域とのつながりがあり、少年を更生させるプログラムを作れそうでした。


他の3保護者は初期の謝罪対応が欠如しています(弁護士を立てて始めて謝罪したいといってきました)。(心からの謝罪では到底なく)どんな理由があっても許されないと思っています。
 審判に向けての調査が開始された今、単なる謝罪を受ける段階ではないと感じております。
これらの保護者に更生を責任を持って行う姿勢、力量はないと感じざるを得ません。
 とはいえ弁護士と伴に、少年の猛省を促し更生に真剣に取り組む計画を明確にしてほしいのですが、更生計画というものの具体的内容が分かりません。


息子の7月11日診療では上顎前歯歯牙脱臼箇所の神経回復遅く、他にも異常の心配あり7月14日再検査となりました。
これから何が起こるかわからないので、まだまだ賠償請求できる状態ではないと思っています。


被害者が受けることができる上記①②③を申請し、事実を知り、少年らには厳しい処罰を下すことを家裁に陳述したいと思っています。


少年らが通っている(いた)高校は何をしているのでしょうか?自主退学させておしまいなのでしょうか?ここにも問題あるのではと思わざる得ません???


本件ブログと関係する記事は以下の通り
*(20.6.24) 6.14 恐喝事件の続報
*(20.6.20) おゆみ野で恐喝事件が多発し始めた



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(20.7.14) おゆみ野の森のキャンプ実験隊

 12日の土曜日、おゆみ野の森キャンプの実験が行なわれた。おゆみ野の森は「市民の緑地」で市が管理する「公園」ではない。
そのためこの森で市民参画で何ができるのかの実験が行なわれている。
今回はキャンプ実験隊だ。

 当初この実験に参加する人数は約20名程度だったが、だんだんと人数が増えて最終的には約40名が参加した。家族として参加したのは11家族、あとは個人参加だ。

 午後1時に集まって、まずテントタープを張りキャンプの準備をする。今回は初めてなので宿泊まではせず夜中の10時ごろまでには撤収する計画だ。

 食事の前準備としてもうそうだけを節ごとに真っ二つに割って竹の食器を作り、細い竹でバンブーパンを作る。

 ここではなるべく自然にあるものを使い使用後は土に返す試みをしており、竹の食器はその一環だ。紙コップや使い捨ての皿はできるだけ使わない。

 子ども達のためにスイカ割り、花火、星の観察、肝試し等の盛りたくさんのメニューが用意されていている。
一方大人は火おこしやカレー、バンブーパン、バーベキューの準備に大忙しだ。

 勿論子ども達にも手伝ってもらっているのだが、なにしろ大人にとっても始めての作業が多い。
私はKさんとご飯を飯ごうで炊く役目だ。

 まずはブロックを作り、火おこしをしなければならない。ブロックで炉を作るのは始めての経験だったが、ブロックを30cm程度の高さに並べ、下にレンガをひけばおしまいだ。
あとは火をおこせばいいのだが、細枝がなかなかもてくれなくて悪戦苦闘だ。
子ども達がうちわで風を送り込んでくれてようやく燃え出した。しかし一旦火がつけば火力は思いのほか強い

 Kさん飯ごうでのご飯たきは初めてだったが、インターネットで十分事前勉強しており、初回にしてはじつに立派なご飯が炊けた。

 周りではカレーの準備や、バンブーパンの準備が着々とされている。子ども達もお母さんにまじってパン作りを手伝っている。バーベキューの準備も怠りなしだ。

 途中で2回にわか雨が降ってきたため、子ども達はテントやタープの中に避難した。私のテントは大人3人用だが、そこに10人程度の子どもが入って大騒ぎだ。雨のテント生活を経験してくれた。

 カレーの食事は6時からだったが、それ以前にすいかわりのスイカや、バンブーパンをたっぷり食べたために、子どもも大人もかなり満腹状態だ。

 私はこうした活動は初体験だったが、なかなか楽しめた。炉を作るのも火をおこすのもそれなりに工夫が必要で、自然の中での遊びは大人も十分楽しめる。

 子ども達は満腹になると側のふと縄ブランコロープ遊びをしたり、夜半暗くなってからは小クワガタの採集をして遊んでいた。
ここおゆみ野の森は住宅地の側にあるのだが、自然がそのまま残されており子どもも大人も楽しめる貴重な空間だ。

 今回のような活動をとおして、この貴重な空間を今後どのようにして管理していけばよいかの実験がされている。
また、今まで知らなかったお父さんやお母さんとも知り合いになれた。
お母さんの一人から「山崎さんは私のお父さんと同じ年です」と言われてしまった。
うぅーん、俺は大長老か

 さて、この実験の結果はどのようになるだろうか。私は大いに満足しているのだが、近近参加した各自が実験結果を取りまとめて意見交換をする場を設けられるだそうだ。

今回のキャンプ実験隊の活動が分かる写真を掲載します。
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/NO120712?authkey=08XrcmBRk8o

 

 

 

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(20.7.13) 評議員にになって2年目だ

 小谷小学校評議員の委嘱を今年も受けた。1年で首にならなかったところを見ると、一応の合格点をつけてもらったようだ。

 二年目になると知り合いの人がほとんどになる。学校歯科医の氏家先生や、保護者会のK会長や、元会長のSさんなどとはいつもどこかの会合や四季の道で顔を合わせているなかだ。
また会いましたね」が合言葉になってしまった。

 また私は小谷小学校でスクールボランティアをしているので、校長先生教頭先生とも日常的に顔をあわせており、何か小学校が私の生活の一部になっている。

 2年ほど前まではある金融機関のシステム監査を担当していたが、金融庁から検査のあり方について指導を受けたり、アメリカの金融当局から信じられないような難解な行政指導を受けたりしておおわらわだった。
あなたのとこのような立派な金融機関が、この程度のシステム監査レベルでいいと思っているのですか」金融庁の担当者のあの頃の皮肉が懐かしい。

 それがいまは小学校のあり方について委嘱をうけて考える立場で、このような経験をするなんて2年前までは考えることすらできなかった。

 小谷小学校寺崎校長先生はとても前向きな考え方をする方で、地域の支援ボランティア図書館ボランティア保健室のサポート要員を積極的に受け容れている。

これからは先生だけではダメで、地域の方の協力を仰ぎながら学校経営をしていくことが必要なのです」いつも言っている。
こうした態度で小学校の運営をしている校長は必ずしも多くなく、多くの小学校では従来の伝統を守った運営をしているのが実態のようだ。

 小谷小学校では20年度からは特別支援学級はばたき学級」を設置し、5人の生徒を受け容れ、養護教諭も新たに赴任してきた。
こうした児童を地域全体で見守っていくことが大事で、支援ボランティアの方のご努力で軌道に乗るようになりました

 校長先生は熱心に取り組んでおられるが、かなり苦労されているようだ。必ずしも全員のおやごさんや教師の支持を受けているのではないことが言葉の端々から伺える。

子どものためになることは積極的にしよう」校長先生のスローガンだ。
校長先生だけに苦労をしょわせるわけに行かないので、私も評議員の一員として及ばずながら校長先生をサポートし、より良い学校経営ができるように努力したいものだと思っている。

 

 

 

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(20.7.12) 大分県教育界は大揺れだ

 私も教員(特別非常勤講師)の一人として、今回の大分県教員採用試験昇格試験贈収賄事件に無関心でいられなくなった。
なにしろこの贈収賄事件は次々と新事実が出てくるので、一体どこまで拡大したらとどまるのか訳が分からなくなっている。

 大雑把に言って、小学校、中学校、高校の教員採用試験合格の半数、および教頭・校長の昇格試験合格者のほぼ全員、および教育委員会が組織ぐるみ贈収賄事件に関連していると言うのだ。

 08年度小学校の教員採用試験合格者は41名中学校31名だが、はっきりと分かっている小学校では15名が点数のかさ上げをしてもらって合格していた。
一方10名点数のかさ下げをされて不合格にされていたのだと言う。
中学・高校も同様の傾向だが、まだ詳細は判明していない。

 これはすべて教育委員会NO2二宮正人容疑者の指示に基づき、義務教育課人事班の江藤勝由参事の手で行なわれていたと言うから驚く。このルートが増収賄のメインルートだ

 今回の事件で私が心から同情したのは、点数をかさ下げされて不合格にされた10人だ(他に点数はそのままだが、かさ上げ者より点数が少なかったため不合格になった5名がいる。まじめに勉強をして実際に教員になれたはずなのに「あんたは学力がないから不採用だ」と言われてしまった。
これでは試験を何のためにやっているのかわからない。

 私は大分県教育委員会採用試験に当たって次のように公表すべきだったと思う。

採用試験に当たっては、ペーパーテスト、作文、面接のいかなる点数も採用試験の参考にしない。すべて教育委員会および義務教育課人事班に対する情実によって決定する。

 したがって受験者は、政界・財界・教育界のあらゆるコネを総動員し、さらに足らざるところは資金を十分提供し、義務教育課人事班参事が納得するように行動されたい。

 間違っても教員は教育者としてすぐれた資質があるから採用するのではないので、受験生は試験勉強に努力することなく、世間はコネで成り立っているという一般常識に従って行動することを期待する。

以上通知する。大分県教育委員会

 また、教員採用だけでなく、校長や教頭の昇格もすべて、江藤参事の情実によって決まっていたようだ。こちらの場合は江藤参事の部下、矢野容疑者が仲介者として斡旋していたらしい。

 従来どうしても教頭になれなかったA氏の事例が明らかになっている。A氏矢野容疑者の斡旋で50万円の商品券を贈ってやっと教頭になれたと言う。

 それ以前A氏は4年連続で教頭試験に不合格になっていたが、合格者と答え合わせをしてみるといつも成績が良かったのだと言う
そのような状況で矢野容疑者から「コネを使わなければ昇格は難しい」といわれ50万円の商品券を包んだのだそうだ。

 この教頭は小学校を去るにあたり「教頭は誘惑に負けた悪い人間です。君たちは正しい行いができる勇気ある人となってください」と言い残しているが、この教頭が悪い人間とはとても思われない。

 情実以外で昇進できないのであれば、誰でも仕方なく金品の提供をしてしまう。大分県教育委員会がすべて金品の授受で校長・教頭の昇格を決めていたのだから、これは教育委員会の責任でA氏は無罪だ。

 しかし考えてみれば教員の採用も校長の昇格人事もある個人に権限が集中しているとは、信じられないような人事制度だ。
結局有る特定の個人が全権限を持つと、最終的には情実の世界になると言う好見本だ。

 そして他の都道府県でもまったく同様の人事制度を採っているのだから、牛やブタやうなぎの産地偽装問題と同様に、全国規模で教育界のうみをこれから何回も見せ付けられることになりそうだ。

 

 

 

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(20.7.11) 小学校の授業が始まった

 私はこの5月小谷小学校からパソコン教育の「特別非常勤講師」に委嘱されたのだが、その後全く音沙汰がなかった。
かみさんは「やっぱりお父さんではダメなのかねえ。信頼がないねえ」なんていい始めるし、学校に行って聞いてみても、授業計画がまだ立っていないという。

こりゃ、始まるのは夏休み後かな」と腹をくくっていたら、急に夏休み前の計画が出来上がった。
7月10日からほぼ毎日授業が予定されている。
ううーん、集中豪雨みたいな計画だ」急に忙しくなった。

 しかしどんな状況でも対応できるのが定年退職者の強みだ。他にすることと言えば清掃活動ブログの作成マラソンだけなのだから、どうにでも都合がつく。
はい、分かりました。がんばります」元気よく答えておいた。

 今日(10日)ははじめての授業だ。1年生のパソコン授業の手伝いだが、キューブキッズと言う教育用ソフトを使用してマウスの使用法を会得するのだと言う。

 小学校1年生は私にとってみたいなものだ。なんともかわいらしいし、おそろしく元気がいい。
パソコンは20台で生徒数は30名強だから全員に1台と言うわけには行かない。このためかわりばんこにパソコンを使用することになるが、できる子が占有する傾向がある。
先生は「次はA子ちゃんの番でしょ。はい代わって」とパソコンのディリバリーだけで大忙しだ(注:パソコン教育の最大の問題点は一人1台づつのパソコンが設置されていないことだと私は思っている)。

 だから子ども達は分からなくなると私の袖を引っ張って教えろとやんやの催促だ。こんなに子ども達から信頼され、頼りにされた経験はないので、大張り切りで教えまくったらすっかり疲れてしまった。

 「いやはや、重労働だ
余りに疲れたので、授業が終わって、誰もいなくなった教室で大の字になって寝てしまった。

 しかし考えてみたら、ようやく念願の教師になれたのだ。私は長い間ある金融機関に勤めていたが、常に何か異質な感じがしていた。他にもっとふさわしい職場があったはずだという気持ちがどうしても拭いきれなかった。

 一番なりたかったのは体育の教師でこれはその後の私の人生の軌跡をたどってみると天職だったことが分かる。
なにしろ銀行員だった期間、昼休みと時間後は必ずJOGをしたり、筋肉トレーニングを行なっていた。
通常の職員が実業団の選手顔負けの生活をしていたのだ。
何時だったか「貴方はオリンピックの強化選手ですか」と聞かれたこともある。

 他の職員が仕事をしたり、議論をしたり、酒を飲んだり、マージャンをしていた時間をすべて運動に費やしていたのだから、銀行から見ればひどい異端児だ。
それでも私を置いてくれた銀行に心から感謝しているが、互いに疎遠な気持ちになったのは止む終えない。

 そうして61歳になり、人生の黄昏時になんとあれほどなりたかった教師になってしまった。体育の教師ではないが教師であることにかわりがない

 今日職員室に設置してある名札の末席に私の名前があるのに感動した。
教頭先生から「来たときは名札を出席の状態にしてください」と指導を受けたが、そうしたことよりも私はその名札そのものに感動してしまった。
見よ、先生じゃないか!!!

 

 
 

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